2020年09月30日

ある画家の数奇な運命(原題:WERK OHNE AUTOR/英題:NEVER LOOK AWAY)

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監督・脚本・製作:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
撮影: キャレブ・デシャネル
音楽: マックス・リヒター
出演:トム・シリング、セバスチャン・コッホ、 パウラ・ベーア、オリヴァー・マスッチ、ザスキア・ローゼンダール

ナチ政権下のドイツ。少年クルトは叔母エリザベト(ザスキア・ローゼンダール)の影響から、芸術に親しむ日々を送っていた。ところが、精神のバランスを崩した叔母は強制入院の果て、安楽死政策によって命を奪われる。終戦後、クルト(トム・シリング)は東ドイツの美術学校に進学し、そこで出会ったエリー(パウラ・ベーア)と恋におちる。元ナチ高官の彼女の父親(セバスチャン・コッホ)こそが叔母を死へと追い込んだ張本人なのだが、誰もその残酷な運命に気づかぬまま二人は結婚する。
やがて、東のアート界に疑問を抱いたクルトは、ベルリンの壁が築かれる直前に、エリーと西ドイツへと逃亡し、創作に没頭する。美術学校の教授(オリヴァー・マスッチ)から作品を全否定され、もがき苦しみながらも、魂に刻む叔母の言葉「真実はすべて美しい」を信じ続けるクルトだったが―。

モデルとなった現代美術界の巨匠、ゲルハルト・リヒターについて
1932年、ドイツ、ドレスデン(旧東ドイツ)生まれ。ドレスデン芸術大学で絵画を学んだ後、61年に西ドイツに移住し、デュッセルドルフ芸術大学に入学。世界中の主要な美術館が彼の作品をコレクションするなど、名実ともに世界最高峰の評価を受け、最も影響力のある現代アーティストであり、日本では05年に金沢21世紀美術館と川村記念美術館で回顧展を開催。16年には瀬戸内海の豊島に、リヒター作品を恒久展示する日本初の施設がオープンした。(作品の公式サイトより転載)


ナチスがユダヤ人迫害をしていたことは周知の事実ですが、行き過ぎた選民意識が同胞にも刃を向けていたことを本作で初めて知りました。それによってもたらされた悲劇は主人公に大きな影響を与えますが、それを乗り越えた先に新たな希望があったことを描いた作品です。
幼かったころの主人公は叔母から芸術の奥深さとそれを享受できるのは美術館やコンサートホールだけではなく、日々の生活の中でも感じられることを教えられます。運行が終わり、停車場に横並びになったバスの運転手に叔母が頼んで一斉にクラクションを鳴らしてもらうシーンがあるのですが、クラクションが重奏的に鳴り響き、中央に立つ叔母が指揮をとって奏でられたオーケストラのように聴こえました。これはぜひ映画館で聴いてほしいシーンです。
またナチスがもたらした悪夢は戦後もドイツの人々に影を落としていました。主人公の父親はナチ党員ですが、それは家族のために安定した職を得るため。「ハイル、ヒットラー」というのが苦痛で、まるでタモリ倶楽部の空耳アワーのような言い換えで乗り切りました。(言い換えの字幕が見事!ぜひ作品を見て笑ってください。ドイツ語ではどんな意味の言葉で言い換えていたのか知りたい!)しかし、戦後は一転、ナチ党員だったことで苦労します。どちらの選択肢を選んでも困難が待っている点は主人公も同じ。それなりの地位を得た東ドイツに残るか、希望あふれるように思える西ドイツに逃げるか。どちらが正しいのではなく、選んだ道で一生懸命生きることが大事なのだと作品から教えられました。(堀)


189分の長尺が、終わってみればあっという間のクルトの数奇な物語。
いくつか心に残る場面がありました。
まだ小さな少年だったクルトが、大好きなドレスデンの町を去る時、両親と暮らしていた家のすぐ前の広場に並ぶ5台のボンネットバスに一斉にクラクションを鳴らして貰います。鼻ぺちゃバス(鼻ありのボンネットバスに対して!)に一斉にクラクションを鳴らして貰う映画のラストに呼応するエピソード。
西に逃れたクルトが通う美術学校の教授は、どんな時にも帽子を脱がないことで有名。その教授が、クルトの作品を観て、「これは君じゃない」と言い、帽子をとって深々とお辞儀して部屋を後にします。実は作品を観ながら、教授は戦争中に空軍に属していて、2度目の出撃で追撃され、遊牧民のタタール人に助けられた話をするのです。頭を見せたくない理由がわかるエピソード。その教授が頭のてっぺんを見せるのです。作品を全否定されたクルトが、その意図にハッと気づいたのもそれ故とじ~んとさせられました。
本作では叔母が統合失調症と診断され、次世代に病気が移らないようガス室で殺害されます。ユダヤ人迫害はよく知られていますが、ナチスはアーリア人の優秀さを保つために、ロマの人たちや、精神病患者、同性愛者、共産主義者なども抹殺の対象にしていました。そのような人たちが迫害を受けたことを描いた映画は数少なく、本作はそのことを記録した貴重な映画とも言えます。(咲)



2018年/ドイツ/ドイツ語/189分/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/日本語字幕:吉川美奈子/R-15 
配給:キノフィルムズ・木下グループ
©2018 PERGAMON FILM GMBH & CO. KG / WIEDEMANN & BERG FILM GMBH & CO. KG
公式サイト:https://www.neverlookaway-movie.jp/
★2020年10月2日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

posted by ほりきみき at 22:55| Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ ( 原題 :The Last Black Man in San Francisco )

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監督・脚本:ジョー・タルボット
共同脚本:ロブ・リチャート
原案:ジョー・タルボット、ジミー・フェイルズ
音楽:エミール・モセリ
出演:ジミー・フェイルズ、ジョナサン・メジャース、ロブ・モーガン、ダニー・グローヴァー

サンフランシスコ。祖父が建て、家族と暮らしていたことのある瀟洒(しょうしゃ)なヴィクトリアン様式の家に深い思い入れのあるジミー(ジミー・フェイルズ)は、観光名所となったその家を現在の家主が売りに出したことを知る。もう一度、そこに住むことをかなえようと駆けずり回る中、ジミーは家族や常に自分を支えてくれる親友モント(ジョナサン・メジャース)の存在のありがたみや大きさを噛み締めていく。やがて、財産を持たずとも守りたい大切なものが心の中にあるだけで人生は悪くないと思うようになる。

本作は、サンフランシスコの街、そこに建つ家、家具調度品、外壁の色、住む人々、友人、父、祖父らへの愛…、そして何より映画に対する愛、愛、愛…、万物への愛情に溢れた佳篇なのである。全編に横溢する好もしさは何処から来るのか?本名役で主演しているジミー・フェイルズと、これが初長編作となるジョー・タルボット 監督(脚本・原案も)は、サンフランシスコで生まれ育ったた幼なじみ同士。街を知り尽くした2人だけに、映し取る風景は第三者の観客の目から観ても優しく愛おしい。ただ、街への愛情が感傷やベタつきを伴わず、確かな技術に裏打ちされたものなのだ。
ハイスピードカメラ撮影による洗練された映像、スケボーが切り取って行くサンフランシスコ湾、ゴールデン・ゲート・ブリッジ、坂が続く街並み、路面電車、本作の鍵となるヴィクトリアン様式のレトロモダンな家。建物の意匠は逆光スモークのライティングで美しく照らし出される。プロダクション・デザイナーは舞台、CMの経験が豊富な女性だ。
品のいいオーケストレーションを含め、サンフランシスコに縁のあるジェファーソン・エアプレインやジョニ・ミッチェルなどの楽曲を使用した劇伴のセンスは抜群!音楽担当のエミール・モセリはこれが初の長編映画というから驚く。

舞台となるフィルモア地区は、戦前は日系人たちが住んでいたが、強制移住後は黒人たちが多く住むようになった。ジミーの祖父は、20世紀初め頃に建てられたヴィクトリアン・ハウスに住んだ”最初の黒人”という設定。IT長者や白人富裕層が占拠してしまい、黒人が追いやられている現代のサンフランシスコで、ジミーは”最後の黒人”となり得るのか?人種差別、格差といった単純な二分法では割り切れぬ現実が、ここにはある。(幸)


一つのスケボーに乗って、海辺の町を静かに行くジミーとモント。立ち止まって見上げるのは、かつて暮らしていた瀟洒な家。今は疎遠になってしまった家族との思い出が詰まった家だ。ある日、いつものようにこの家にたどり着いたら、荷物を運び出している。主が亡くなり、相続問題でもめているという。売りに出された家を買いたいと願うが、とても手が届かない。なんとかここに住みたいと願うジミーにモントはいつも寄り添っている。
風情あるサンフランシスコのベイエリアを舞台に、ジミーとモントの強い絆を描いた味わい深い映画。懐かしい「花のサンフランシスコ」の曲とともに、いつまでも余韻が残っている。
ちなみに撮影に使われたヴィクトリアン・ハウスのオーナーである元水化学者ジョン・テイラー氏(83歳)は、1889年に建てられた家を1960年後半に一目惚れし、数年後に友人と一緒に購入。友人の金策で一度売ってしまうも、1970年に、また家が売り出されていて買い戻したそうだ。同様の風情ある家が並ぶ地区だが、いつしか老朽化で建て替わってしまうのではないかと思うと、映像に残した意味は大きい。(咲)


主人公ジミーは祖父が建て、家族と暮らした思い出の宿るヴィクトリアン様式の美しい家に対する思いが強く、現在の居住者の留守を狙い、勝手にメンテナンスに勤しんでいます。あの家はジミーにとって幸せの象徴なのでしょうね。できれば買い取りたいと思っているけれど、彼には手が届かない。成功して、お金をためて買い戻す。そんなことさえ夢見ることさえできない格差が歴然と存在することを見せつけられます。
しかし、ジミーにとって象徴は呪縛でもありました。本当に大切なものに気づいたとき、新たな一歩を踏み出すことができたのです。こだわり過ぎて見えなくなっているものはないか。この作品をきっかけに振り返ってみてはいかがでしょうか。(堀)


2019 年/アメリカ/英語/ビスタサイズ/120 分/PG12
配給:ファントム・フィルム
提供:ファントム・フィルム/TC エンタテインメント
©2019 A24 DISTRIBUTION LLC.ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:http://phantom-film.com/lastblackman-movie/
★2020年10月9日(金)より、 新宿シネマカリテ、シネクイント他にて全国公開



posted by yukie at 20:21| Comment(0) | アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

望み

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監督:堤幸彦
原作:雫井脩介「望み」(角川文庫刊)
脚本:奥寺佐渡子 
音楽:山内達哉
出演:堤真一、石田ゆり子、岡田健史、清原果耶、加藤雅也、市毛良枝、松田翔太、竜雷太

一級建築士として活躍する石川一登(堤真一)は、誰もがうらやむような裕福な生活を送っていたが、高校生の息子が無断外泊したまま帰ってこなくなってしまう。その行方を捜すうちに、彼が同級生の殺人事件に関わっていたのではないかという疑いが浮上してくる。たとえ被害者であろうとも息子の無実を信じたい一登、犯人であっても生きていてほしいと願う妻の貴代美(石田ゆり子)。二人の思いが交錯する中、事態は思わぬ方向へと突き進んでいく。

息子は加害者なのか、被害者なのか?
「何れにしても、昨日までとは違う毎日が始まるのね…」
たとえ加害者側であっても生きていて欲しいと願う母。「お母さんには言えないけど」被害者であってと望む妹。父は息子の無実を信じたい。家族それぞれの”望み”が交錯する。
”何方に転んでも最悪な状態”ダブルバインドの中で、焦燥感と絶望に喘ぐ中、微かな望みを抱く家族の心理がヒリヒリと痛いほど伝わった。息もできない…映画とのフィジカルな共振が、観客に手渡されてゆく。

ところで、本作は法務省とタイアップしている。同省の標題には「再犯防止や少年の健全育成に関する取組み」といったタイアップ目的が並ぶ。そんな一般的用語が薄っぺらく感じられてしまうほど、ドラマは濃厚さと緊迫を孕みながら突き進む。
重い題材のせいか、数々のヒット作、話題作を生み出してきた堤監督にしては正攻法の演出だ。要所要所で句読点のように挟まれる夕映え、朝焼け、不穏な月などの空の景色が、まるで神の視座を得たかのように家族を見守る。そして”5番目の主役”ともいうべき「家」の存在が中心を成す。一級建築士である父が建てた理想の家。家族の写真が飾られ、幸せの象徴だった住処。誰もが居心地好く暮らせる筈だった父による設計が、皮肉にも家族に閉塞感を齎し、感情や軋みを増幅させる装置となってしまうのだ。
ラスト、家を映し出す長い空撮は、これからは何を望みとして生きて行くのか?そんな問いを突き付けるかのように家族を包み込んで行く…。(幸)


高校生の息子と連絡が取れない状況で高校生が殺された事件が起こる。現場から逃走したと思われる人物の影は2人。被害者は息子の友人と判明し、行方がつかめない仲間は息子を入れて3人。息子は現場から逃げた人影の1人なのか、まったく無関係なのか、それとも。。。
息子の無実をだけを信じる父親。犯人でもいいから生きていてほしいと願う母親。一流私立高校受験を控える妹。3人3様の葛藤が繰り広げられます。
息子が無関係でたまたま連絡が取れないとは考えられない状況下で息子の無実を信じるとは、息子も殺されているということ。「お前が犯人だと家族が困るんだ。死んでいてもいいから無実であってくれ」。親として、そんなことはとても口にはできません。しかし、一家の長として、妻と娘の幸せを守るためにはそれを願わざるを得ない。いえ、本心は家族のためではなく自分のためなのかもしれない。そんな心の奥に潜む気持ちまで表に引きずり出される主人公を見ていると、「で、あなたならどうする?」とこちらの内面まで問われている気がしてきます。
『決算!忠臣蔵』『一度死んでみた』とコミカルな作品が続いた堤真一が自分の弱さに直面する主人公を見事に体現しました。石田ゆり子、清原果耶もセリフの裏に隠された葛藤を表情や行動で表現しています。息子役は「MIU404」で新米の警部補・九重世人を演じたばかりの岡田健史。家族に言えない鬱積する思いを抱えた高校生を演じて、物語に切なさを加えていました。
重く辛いテーマですが、人として見ておきたい作品です。(堀)


2020年製作/108分/G/日本/カラー
配給:KADOKAWA
© 2020「望み」製作委員会
公式サイト:http: //nozomi-movie.jp
★2020年10月9日(金)より、全国公開
posted by yukie at 14:00| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする