2020年09月26日
オン・ザ・ロック ( 英題:ON THE ROCKS )
監督・脚本:ソフィア・コッポラ
衣装デザイン:ステイシー・バタット
音楽:フェニックス
撮影:フィリップ・ル・スール
美術:アン・ロス
出演:ビル・マーレイ、ラシダ・ジョーンズ、マーロン・ウェイアンズ
ニューヨークで暮らしているローラ(ラシダ・ジョーンズ)は、夫のディーン(マーロン・ウェイアンズ)や子供たちと穏やかな日々を送っていたが、夫との関係に疑問を感じてもいた。ある時からディーンの残業が増えたことに疑いを持った彼女はプレイボーイとして名をはせた父親のフェリックス(ビル・マーレイ)に相談する。事の真相を突き止めるため、フェリックスはローラに、ディーンの尾行を提案する。
「他の男を好きになるなよ、結婚するまではな」
「はい、パパ」
冒頭、 声のみで表現される父と娘のやり取りが本作の全てを象徴する。小津安二郎の世界とは真逆な(当然だけど)父娘の物語が、ソフィア・コッポラでなければ描けない色調、間合い、ユーモア、生活感といった道具立てを贅沢に用いたNYセレブ譚だ。
ゴージャスな室内プールへ花嫁衣装のまま飛び込むローラ。が、次の瞬間には、2人の子どもを学校へ慌ただしく送り、髪は無造作に引っ詰め、ボーダーシャツを着た専業主婦になっている。映画が時間芸術である旨を知るソフィアならではの大胆な省略とテンポの良さが心地好い。
軽快な劇伴が、NYのアパートメントに暮らす一家の日常を彩る。あるきっかけから夫の浮気を疑ったローラが、離婚した両親に相談すると正反対の反応を示す父母。
「おばあちゃんの家に集まるから、貴女もいらっしゃいよ」
母に誘われて訪れる父方の祖母宅がまたゴージャスだ。手入れの行き届いた芝生、広い庭、高価な食器、宝石を自然に纏う祖母…。父が裕福な家で育ったことが一目瞭然である。ここでもローラはボーダーシャツにボサボサ髪。「身なりにに気をつけたら?」と促す祖母に、娘をフォローする母。
出張の多い夫を「あの魅力的な秘書と一緒?心配じゃない?」 「NYの女はみんな魅力的よ」と返すローラだが、内心は穏やかではない。
家事と育児で息つく暇もないローラがベッドで倒れこむように寝ていると、お掃除ロボットが家具にガンガンぶつかり稼動中。現代人の生活を表す上手い表現だ。父役のビル・マーレイが登場すると、映画は一気に勢い付く。ユーモアセンス抜群だが、女に色目を使わずにいられない。運転手付きのロールスロイスに乗り、高級会員制クラブに出入りする国際的画商。こんな役が似合う男優はそういるものではない。
飄々としたマーレイをNYの街角に立たせただけで、軽妙洒脱な佇まいが活きてくるのは不思議だ。宵闇に紛れ、娘婿の浮気を見張る場面では、
「隠れろ!ここは戦場だ!」「私にくっ付かないでよ、気持ち悪い!」
クレイジーで何事も規格外の父に付いていけないローラだが、何故か父を憎めない。自伝ではないにしてもソフィアの体験が活かされている?
扮するラシダ・ジョーンズは、監督や脚本、プロデューサーもこなす才女。今まではどちらかというと目立たず、クインシー・ジョーンズの美人娘という印象だったけれど、本作では活き活きと演じ、マーレイに伍して魅力的だ。
いつものソフィア作品同様、細部のディテールに手抜かりなく、NYが揺曳する光彩のような質感を伴って輝く。(幸)
子育てって大変。特に小学校に上がるまではとにかく手がかかる。夫ファーストの生活が子どもファーストに一変してしまう。本作の主人公ローズはまさにその真っ只中。「急いで」とか「早く」とかばかり言っている。ママ友との会話も少々鬱陶しく感じることも。そんな子育て世代あるあるの話が満載で、最中の人も通り過ぎた人も共感すること必至。ただ、ソフィア・コッポラには見えているのではないだろうか。あと数年でその忙しさからも解放されることが。子どもがティーンエージャーになったら、こちらが構いたくても鬱陶しがられるだけの存在になってしまうのだ。でも、それは通り過ぎた者だけが分かっていること。「とにかく今はがんばれ!」とエールを送りたくなる。
しかし、男性は子どもが生まれても感じるものが違うらしい。ローズの父は典型的な“かまってちゃん”。妻が子どもファーストになったことが寂しくて、よその女性に優しさを求めた。そして、それを正当化する動物的根拠を娘に諭す。自分の時間を持つよう勧めるローズの夫は理解があるように見えてくる。恐らくローズの夫も「俺って理解ある夫」と自己満足に浸っているだろう。しかし、口で言うだけ。仕事に追われて、家事や育児を負担する気配さえ見せない。本当に理解ある夫ならもっと子育てに関わりを持ち、自分が子どもを世話して妻の時間を確保してあげるのではないか。父の世代とは違う、夫世代の問題点もしっかり描き込まれた本作は女性監督ならではいえるだろう。(堀)
学校に子供を送っていくシーンで、教室の入り口まで親が送っていくんだとびっくり。学校の入り口まで子供を送っていくシーンは、いろいろな国の映画で見てきたけど、ニューヨークでは教室の入り口まで送っていくの?と驚いた。そんなにも治安が悪いのか過保護なのか。はたまた、親がいかに子供を大事にしているかの競い合い? 今までのアメリカ映画の中でも見たことがないような気がする。それともセレブの子弟が通う学校ではそれが普通? そして、ちょっとおしゃれだけど、今までのニューヨークを描いた作品には出てこなかったような場所がたくさん出てくる。ニューヨークに行ったことはないけど、子供連れの母親がいくような公園とかもめずらしかった。アメリカでも、子育て中の母子の姿は日本と同じような感じなのだろうかと思いながら見た。
そのほかのシーンでも、ニューヨークのセレブ生活をしてきたソフィア・コッポラ監督自身の体験が出ている?
それにしても出張が多いという夫の仕事はどういうものだったんだろうかと思う。IT企業勤め?、それとも接待があるような貿易関係?
突っ張っているようでいて、夫や子供に振り回されている主人公。さらに父親にも振り回されてしまう。父は、ほんとは娘と久しぶりに一緒にすごしたいからこんな行動をしていたんだろうな(暁)。
何より夫ディーンが、事業に成功した黒人なのが小気味よい。明らかに自分とは肌の色が違う二人の女の子を学校に送り届けるローラ。
警官が黒人を射殺する事件が相次ぎ、「Black Lives Matter」と、黒人差別への抗議運動がこれほどまでに高まることを、ソフィア・コッポラがこの映画を製作している時には、思いもよらなかったかもしれない。だが、意図的な設定だったことは間違いない。
そして、撮影後にニューヨークの街がコロナでロックダウンされたことも想定外だろう。
「この映画は私からニューヨークへのラブレターにしたかったの」とソフィア・コッポラが語るように、ニューヨークの街の魅力があふれていて、あちこちの有名なお店でのシーンも満載。コロナ禍で閉店を余儀なくされた店もあるのではないか。
それにしても、父親とあんなにも明け透けな会話ができるものなのかと驚いた。日本人なら母親や同性の友人とも話さないようなプライベートな話。ソフィア・コッポラはビル・マーレイが演じたフィリックスのようなタイプの男性ばかりいる環境で育ったのだそうだ。きわどい話も日常会話で飛び交っていたのかも。なんとかして娘にかまいたい父親の姿が可笑しかった。もう娘は夫のものなのだから、娘離れしなくっちゃ。(咲)
2020年製作/97分/アメリカ/カラー/ビスタサイズ/5.1chリンク
配給:東北新社、STAR CHANNEL MOVIES
(C) 2020 SCIC Intl
公式サイト :http://ontherocks-movie.com/
★2020年10月2日(金)より、全国公開
実りゆく
監督・脚本:八木順一朗
撮影:伊丸剛創
主題歌:GLIM SPANKY
出演:竹内一希(実)、田中要次(父)、田中永真(エーマ)、橋本小雪(朱美)、小野真弓(母)、鉢嶺杏奈、島田秀平、三浦貴大、山本學、友情出演:爆笑問題(太田光、田中裕二)
長野のりんご農家の跡取り息子・実は、父親と2人で農園を切り盛りしながら週末になると東京へ出向き、お笑いライブに出演していた。そんな彼には、母親が他界してから笑わなくなった父親を笑顔にしたいという強烈な思いがあった。夢を実らせるべく、人生をかけたステージに臨む実だったが……。
八木順一朗監督は芸能事務所タイタンのマネージャーさん。予告編大賞で主演男優賞と堤幸彦賞を受賞したことから、長編映画の話が実現しました。その経緯やご苦労は公式HPの監督コラムに詳しく語られています。製作費やキャスティングの算段はもちろんですが、りんごが実るのに合わせて撮影を進めた、というのになるほどねぇ。人の追加撮影はできても、りんごは都合に合わせてくれません。農家の方々が日々丹精した真っ赤なりんごが青空に映えていい絵になっています。
父と子の葛藤だけではなく、地方の伝統や産業を守ろうとする人、夢を追う人、諦める人たちが画面の中で生きていて、これからも笑顔でいられますように、と応援したくなりました。現役の漫才コンビまんじゅう大帝国の竹内一希さん田中永真さんが映画ではピン芸人としてライバル役、普段仲良しなので喧嘩するのが難しかったようです(笑)。日本エレキテル連合の橋本小雪さん、中野聡子さんも普通メイクで出演しています。私は女優さんだと思って最初気づきませんでした。和服姿の中野さんもお見逃しなく。
猛暑のある日、八木監督と、まんじゅう大帝国、日本エレキテル連合の3組のインタビューをさせていただきました。リンクは下です。ご覧くださいませ。(白)
信州は、私の第2の故郷。年に数回行くしリンゴの花が咲く5月にも実る季節にも何度も出かけている。そしてこのコロナ禍で3月頃には旅に行くこともできなくなり、もう半年。そんな頃にこの『実りゆく』という作品を知った。しかも舞台は私の大好きな信州。下伊那郡松川町というのは通ったことしかないけど、これはどうしても観たいと思った。だから、冒頭、快晴の空に真っ赤なリンゴが映し出された時「ああ、いいなあ」とため息をついた。
そして内容はといえばリンゴ農家の後継ぎがお笑いを目指す話だった。実際に松川町でリンゴ農家を営みながら週末芸人をやっている?という松尾アトム前派出所という芸人さんがモデルだというのを映画を観たあとに知った。私はお笑いや漫才、芸人について全然知らないので、ここにそういう人たちが出ていても爆笑問題しか知らなかったんだけど、監督自身がタイタンという私でも知っている事務所のマネージャーだという。
でも八木監督は高校卒業までに13本もの映画を撮っていたというし、日大芸術学部映画学科監督コース出身という経歴を知ってなるほどと思った。初めて作った長編とのことだったけどそつなく作られているし、監督自身の思い、主人公の思い、タイタンがあっての出演者たち。八木監督は大まわりをして映画製作にたどりついたかもしれないけど、これまでの経験があったからこそできた映画だと思った。お笑いにしてもリンゴ作りにしても、映画製作にしても、何かを作りあげるには、熟成期間が必要なんですね。信州弁も久しぶりに聞けたし、リンゴ農家の様子も観ることができたし、なんとか秋には信州に行ってリンゴを買いたいと思ったんだけど行けるかな(暁)。
2020年/日本/カラー/87分
配給:配給:彩プロ
(C)「実りゆく」製作委員会
https://minoriyuku-movie.jp/
★2020年10月2日(金)長野先行上映
★2020年10月9日(金)新宿武蔵野館ほか全国順次公開
八木順一朗監督インタビューはこちら
竹内一希さん・田中永真さん(まんじゅう大帝国)インタビューはこちら
橋本小雪さん、中野聡子さん(日本エレキテル連合)インタビューはこちら