2020年09月17日
マティアス&マキシム ( 原題:Matthias et Maxime 英題:MATTHIAS & MAXIME )
脚本・監督・編集・製作・衣装:グザヴィエ・ドラン
製作:ナンシー・グラント
撮影:アンドレ・チュルパン
音楽:ジャン・ミッシェル・ブレ
美術:コロンブ・ラビ
衣装:ピエール=イヴ・ゲロー
出演:ガブリエル・ダルメイダ・フレイタス、グザヴィエ・ドラン、ピア・リュック・ファンク、サミュエル・ゴチエ、アントワーヌ・ピロン、アディブ・アルクハリデイ、ハリス・ディキンソン、アンヌ・ドルヴァル
親友同士で30歳のマティアス(ガブリエル・ダルメイダ・フレイタス)とマキシム(グザヴィエ・ドラン)は、友人が監督する短編映画でキスシーンを演じる。その口づけをきっかけに、二人は今まで封印してきた相手への思いに気付き始める。婚約者のいるマティアスは親友への思わぬ感情に戸惑い、マキシムは長年の友情が壊れることを恐れていた。
グザヴィエ・ドラン監督・出演作史上、最も切なく涙を誘い、経済格差といった社会問題までを孕む、秀作が誕生した。19歳での監督デビューから30代に入り込んだドランの行く先はまだまだ伸びしろがありそうだ。何処まで伸長するのか予想もつかない未完成の魅力が本作でも発揮された。
湖畔の別荘、幼馴染みで気の置けない仲間たちとのパーティが物語の発端となる。オーストラリア留学まで12日と迫ったマックス(ドラン)は、親友マットの父親の推薦状を必要としていた。さらりと出てくるこの伏線が後に重要な場面と繋がるため、見逃せない。
夜明けの湖を泳ぐ幻想的な場面や、マットの言質をイジる”言葉警察遊び”など、ドランの演出は緩急自在だ。問題のマックスとマットのキスシーンは意外にあっさりと描かれる。これもドランの狙いなのだろう。
バス停で少年に見つめられたり、マックスは次第に自分の周囲にいる男たちを意識するようになる。一方、本作では生活臭の描き方がきめ細かい。マックスに平然と金をせびる薬物依存症の母。その母のために甲斐甲斐しくパスタを作り世話をしつつ、後見人となっている叔母と今後の話し合いも欠かせない。
バーテンダーとして働く店で、親切にしてくれる女友だちから、階級格差について皮肉を言われる。傍目に苦労しているマックスを仲間の母親たちは憐れむ。こうした立場の異なる複数の女たちの心情を見渡し、短いショットで繋ぐ観察技法に、これまで以上の洗練と成熟が観られた。
注目すべきは、マックスとは対照的な俗物として登場するマットの取引先相手、トロントから来たケヴィンの存在だ。登場シーンはドランの映像・音楽センス、テンポの良さといった技法の粋が凝縮されている。ゲスな発言を繰り返すケヴィンに、マットは戸惑いを覚えながらもビジネスライクに振る舞う。内心ではマックスのことを考えているのが透察される。ケヴィンを演じる英国人俳優のハリス・ディキンソンは、ドランの演出意図を汲み、人物造形を巧みに表出した。ハリス・ディキンソンはレイフ・ファインズと共に主演に抜擢された『キングスマン:ファースト・エージェント』公開が控える注目株だ。
撮影監督のアンドレ・テュルパンは、これまで組んできたドランの世界を知り尽くしたカメラマンとして期待に応える映像を展開。スタイリッシュなライティング、登場人物の目の光を捉え、セリフを排した感情表現の映像作りは卓抜した技術だ。本作では湖周辺の自然描写、瀟洒な別荘、叔母宅の赤いブラインドなど、経済・階級格差を可視化する視点に貢献している。
BL映画を苦手とする向きも映画ファンは少なくないだろう。でも、ドラン作品は一味違いますよ!(幸)
19歳で初監督作品『マイ・マザー』(2009)を放ったグザヴィエ・ドラン。その才能に驚くと共に、美しい容貌にクラクラしたものだ。その後も、『わたしはロランス』(2012) 『トム・アット・ザ・ファーム』(2013)、『Mommy/マミー』(2014年)、『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』(2018)等々、印象に残る監督作を発表し続けているが、なかなか本人は出演してくれなくて、残念に思っていた。『ある少年の告白』(ジョエル・エドガートン監督、2018年)で、久しぶりにグザヴィエ・ドランの姿が拝めると楽しみに観たら、強制的に同性愛を治す施設に入居している男で、ちょっとむさ苦しい雰囲気。10代の時に美しかった少年も、大人になると・・・とがっかりしたが、『マティアス&マキシム』で払拭! 30を越えたと思えない初々しい姿にため息。右頬に大きな痣(あざ)があるのに、そんなことは気にならない美貌。グザヴィエ・ドランは、やっぱりこうでなくっちゃ。(咲)
提供・配給:ファントム・フィルム
2019年製作/120分/PG12/カナダ/ビスタサイズ/5.1ch
(C) 2019 9375-5809 QUEBEC INC a subsidiary of SONS OF MANUAL
公式サイト:http://phantom-film.com/m-m/
★2020年9月25日(金)より、 新宿ピカデリーほか全国公開
鵞鳥湖(がちょうこ)の夜 ( 原題:南方車站的聚会 英題:THE WILD GOOSE LAKE)
監督・脚本:ディアオ・イーナン
撮影:トン・ジンソン
照明:ウォン・チーミン
美術:リュウ・チアン
出演:フー・ゴー、グイ・ルンメイ、リャオ・ファン、レジーナ・ワン
2012年、中国南部の鵞鳥湖周辺エリアは再開発から取り残され、ギャングたちの抗争が激しくなっていた。刑期を終えてバイク窃盗団に戻ったチョウ(フー・ゴー)は、敵対関係にある猫目・猫耳兄弟たちとの争いに巻き込まれた揚げ句、警察官を殺してしまう。指名手配犯となった彼は、自分に懸けられた懸賞金30万元を妻と小さな息子に残そうと策を練る。
夜、篠突く雨、電車の機械音が響く中、印象的な劇伴が被さる。
「お兄さん、火を貸して」
物憂げな女が近づく。
「待ってる女は来ないわよ」 男「…。」
冒頭の数カットだけで、中国産フィルム・ノワールの雰囲気は決定付けられる。『薄氷の殺人』でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞したディアオ・イーナン監督が、新型コロナウイルス発生前の湖北省・武漢で撮影した本作は、前作のイメージを踏襲しつつ、暗い官能、薄幸の人間だけが醸す色気、胸騒ぎを誘う疾走感、銃撃戦のテンポとキレのよいアクションが混在し、画面から艶めかしさまでが漂う逸品である。
映画は2012年、事件の発端となる場面の回想へと自然に移る。再開発から取り残された鵞鳥湖周辺に渦巻く抗争、ギャングたちを”客”とする“水浴嬢”(湖畔の娼婦)たち、チンピラ窃盗団などが暗躍する。怪しく安っぽいネオンが点滅する繁華街、蛍光色靴で踊る人々、鵞鳥湖周辺の暗闇と幻想的な霧、雨、水音のイメージ、鬱蒼とした大自然、点在する禍々しい廃墟、真夜中の動物園までが、豊かな映像世界を彩る道具立てとして登場し、観客は息を詰めて見守ることになる。
2000年代を代表するヒット曲が、中国の裏社会でもがき生きる人々の心象風景を表出するのだ。情動的な音楽はエンディングの「ブンガワンソロの歌」で終焉を迎えるが、決して後味は悪くない。寧ろ爽快感さえ感じさせる演出話法に唸らされた111分だった。(幸)
『藍色夏恋』(2002年)で、台北の街を颯爽と自転車でいく姿で鮮烈な印象を残してくれたグイ・ルンメイ。『鵞鳥湖の夜』では、水浴嬢と呼ばれるリゾート地で海水浴に同伴する風俗嬢を演じているというので、ちょっと驚いた。ミステリアスで可憐。清楚な娼婦だ。出演していると聞けば、その映画を観たくなる。グイ・ルンメイはそんな女優。本作も、期待を裏切らなかった。(咲)
なぞの男となぞの女。暗い怪しげな人影の少ない駅で二人は会う。それは偶然ではなく、ある指令を受けて女が男に近づいた。追われる男と寄り添いながら逃走を続ける女。観ている側は、何がどうなっているのか、かなり中盤までなぞのまま話が進んでゆく。後半、やっと「どうやら、こういう話らしい」という感じが見えてくる。それにしても刁亦男(ディアオ・イーナン)監督の作品は前作の『薄氷の殺人』といい、なぞめいた話の流れを作り、最後のほうでやっと観客に「そういうことだったのね」と納得させる作りが不思議とイライラさせない。私は半分すぎても話が見えないと、途中でイライラするたちなので、そういう作品があまり好きではない。でもディアオ・イーナン監督の作品はけっこう好き。
桂綸鎂(グイ・ルンメイ)が水浴嬢という役でなぞの女を演じる。彼女のこれまでのはつらつとした役とは全然違う「女」を見て、彼女を「少女」の頃から見ている私としては、ますます「ミステリアスな女性」になってきたなと思った。刑事役の廖凡(リャオ・ファン)は刑事役で出演。この二人はディアオ・イーナン監督お気に入りの二人なのかな。『薄氷の殺人』に続いての出演。
そして指名手配犯となった男を演じた胡歌(フー・ゴー)これまでたくさんの中国映画を観てきたけど、彼を観たのは初めての気がする。調べてみたら2005年にデビューしているけど、これまで全然知らなかったのはなぜ?と思って出演作を見てみたら、TVドラマが多かったよう。しかも「新・射雕英雄伝」に主演している! これは香港の劉徳華(アンディ・ラウ)版しか見たことがないけど、繰り返し作られている中華圏では有名な作品。しかし、こんなイケメン俳優がいるというのを、これまで全然知らなかったとは。映画は観るけどTVドラマは見ない私なので出会わなかったのでしょう。今、日本公開されている『チィファの手紙』や、これから公開される『クライマーズ』にも出演しているというので、この9月末はフー・ゴー出演作3本が日本で公開されていることになる。すごい! 日本の中国ドラマファンだけでなく、中華圏映画ファンにも話題になるかも(暁)。
2019年製作/111分/PG12/中国・フランス合作/ビスタサイズ
配給:ブロードメディア・スタジオ
(C) 2019 HE LI CHEN GUANG INTERNATIONAL CULTURE MEDIA CO.,LTD.,GREEN RAY FILMS(SHANGHAI)CO.,LTD.,
公式サイト:http://wildgoose-movie.com/sp/
★ 2020年9月25日 (金)より 新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町&渋谷ほかにて全国公開