2020年07月28日

ディック・ロングはなぜ死んだのか? (原題:THE DEATH OF DICK LONG)

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監督:ダニエル・シャイナート(『スイス・アーミー・マン』)
脚本:ビリー・チュー
出演:マイケル・アボット・ジュニア、ヴァージニア・ニューコム、アンドレ・ハイランドサラ・ベイカー、ジェス・ワイクスラー、ロイ・ウッド・ジュニア、スニータ・マニ

バンド仲間のジーク(マイケル・アボット・Jr)とアール(アンドレ・ハイランド)、ディック(ダニエル・シャイナート)がガレージでバカ騒ぎをしていると、突然、あることが原因でディックが死んでしまう。警察は殺人事件とみて捜査を開始する一方、ジークとアールはディックの死因を知りながら、自分たちの痕跡を消そうと躍起になっていた。

『スイス・アーミー・マン』は何とも不思議な怪作だった。本作も全く異なる意味で奇想天外な作品だ。両作の監督ダニエル・シャイナートがタイトルロールのディック・ロングを演じている。摩訶不思議な世界を構築する人はこういう顔なのか…とまじまじと見入ってしまった。ディック・ロング(この名前からしてふざけている!)の怪死事件に隠された信じがたい秘密とは?
「え〜っ?」
「あら?」
「嘘でしょ!」
という展開としか説明できないけれど、状況がどんどん悪い方向へ向かって行く。でも、登場する人物たちは至って真面目…。シャイナート監督の故郷、米国南部を舞台にした本作は、コーエン兄弟の『ファーゴ』を想起させる味わい。
思慮もなく行き当りばったりに突き進む田舎コミュニティのおバカな人々への共感と愛情深さを感じさせる映画だ。
『スイス・アーミー・マン』と同じく、ダーク・コメディなのだが、観終わると何故か優しさに包まれている。もう一度最初から観直したいという気持ちになるのは予想外だった。(幸)


ここで描かれているのは、いつまでも子供のままの男たち。本当のことが言えず、つい、ついてしまった嘘がどんどん大きくなってしまう。彼らの嘘は限度を超してしまったが、男性って多かれ少なかれ、似たようなことをやっているのではないかと思えてくる。
一方、女性たちはタフなキャラクターばかり。惚れ惚れする。だから男はいつまで経っても大人になり切れないのか。いや、性差の問題ではなく、持って生まれた性格の違いなんだろうな。丸ごとひっくるめて誰もが愛しい存在であることが作品から伝わってきた。
ところで、ディック・ロング役は何人か大物に声を掛けたれけど誰もやりたがらず、監督自ら演じたそう。「南部をからかっていると思われたくないので、自分がやることで正直、奇妙な安心感があったよ。いい意味でディック・ロング役を演じることでプライドを捨てることができ、タイトル名の役だから自尊心も満たされたよ」と監督は語っていた。確かにこの役を演じるのは、ハードルが高いかもしれない。。。(堀)


2019年/アメリカ映画/ビスタサイズ/100分/PG12
提供:ファントム・フィルム/TCエンタテインメント
配給:ファントム・フィルム 
©2018 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
公式サイト:http://phantom-film.com/dicklong-movie/
★8⽉7⽇(⾦)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、 新宿シネマカリテほかにて公開★
posted by yukie at 17:43| Comment(0) | アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジョーンの秘密 ( 原題:Red Joan)

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監督:トレバー・ナン
製作: デビッド・パーフィット
出演:ジュディ・デンチ、スティーヴン・キャンベル・ムーア、ソフィー・クックソン、トム・ヒューズ、ベン・マイルズ

夫亡き後、イギリス郊外で穏やかな余生を送っていたジョーン・スタンリー(ジュディ・デンチ)は、2000年5月、突然家を訪ねてきたMI5のエージェントに逮捕される。50年以上も昔、ロシアのKGBに核開発の機密情報を流したスパイ容疑だという。無罪を主張するジョーンだったが、彼女の息子で弁護士として立ち会うニック(ベン・マイルズ)も知らない過去が次々と明かされていく。

英国とソ連、ナチスドイツの政治力学を背景としたスパイ映画は少なくない。が、そのスパイが80代の老女だとしたら?今から20年前の2000年、英諜報機関MI5が、KGBに核開発の機密を流していた“核時代最後のスパイ”を逮捕した実話を基にしている。
不起訴にはなったものの、英国民から” グラニースパイ”と呼ばれたジョーン・スタンリーを演じるのは、『007』シリーズの“M”でもあるJ・デンチ。典型的な住宅街で庭木の手入れをする老女が公務秘密法での逮捕を境に、映画はケンブリッジ大学時代のジョーンに戻る。

宿舎の窓から忍び込んできた酔いどれ女子学生ソニアと出会ったことから、ジョーンの数奇な運命が始まるのだ。物理を学ぶジョーンは、ソニアの従兄弟と称すレオの演説に夢中になる。川辺での逢瀬、ディケンズや政治の話、2人の秘密の場所!ケンブリッジ大学でロケしただけあって、若かりし頃の回想シーンは臨場感と躍動に満ちている。

場面は現在のジョーンに戻る。逮捕を聞きつけた弁護士の息子が駆けつけ、
「スパイだって?母さんが?!」
足枷を見せるジョーン。失望した顔の息子…。現在〜回想と時系を繰り返すことによって生じる緩急は、本作にリズミカルなテンポを編み出す。

政治と縁遠い場所にいた市井の娘が、スパイになるきっかけには意外にも日本が関与しているのだ。劇中、ジョーンをお茶汲みとして軽く見る場面が度々出てくる。個人的にはジョーンの持つ”母性”が主題の肝になっていると感じた。

若かりし頃のジョーン役ソフィー・クックソン(『キングスマン』)はデンチを凌ぐ熱演。恋人レオのトム・ヒューズ、息子役のベン・マイルズ、ジョーンにとって運命の人となるマックス・デイヴィス教授、スティーヴン・キャンベル・ムーア( 『ダウントンアビー』のチェトウッド少佐)ら、”世界一俳優の層が厚い国”英国の演者陣を堪能する映画でもある。
また、核開発という今日にも通ずる主題は十分な普遍性を持ち得るだろう。(幸)


ケンブリッジ大学で熱心に物理学を学ぶジョーンがなぜKGBのスパイになったのか。そのキーになるのが、若きジョーンが魅かれた2人の男性。まずは友人のいとことして紹介されるユダヤ系ロシア人レオ。トム・ヒューズが危険な香りを漂わせる。もう一人が大学を卒業したジョーンが働く研究機関で原爆開発を率いるマックス・デイヴィス教授。スティーヴン・キャンベル・ムーアが大人の落ち着きを醸し出す。しかし、恋愛が真面目な女性の運命を狂わせたわけではない。彼女には一途な信念があった。それは80歳になっても揺らぐことがない。
スパイものと聞くとバリバリのアクションものをイメージするかもしれないが、本作はそれとはだいぶ違う。科学の進歩と政治の危うい関係をきっぱりとはねつけたジョーンに賛否両論あるだろうが、議論のきっかけとして大きな意味を持っていると感じた。(堀)


2018年製作/101分/PG12/イギリス/5.1ch/カラー/シネマスコープ
配給:キノフィルムズ
(C)TRADEMARK (RED JOAN) LIMITED 2018
公式サイト: https://www.red-joan.jp/
★8月7日(金)からTOHOシネマズ シャンテほかにて公開★
posted by yukie at 17:04| Comment(0) | イギリス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月26日

大海原のソングライン

劇場公開日 2020年8月1日
その他の劇場情報

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(C)Small Island Big Song

監督:ティム・コール
音楽:マウパワー アロ・カリティン・パチラル アレナ・ムラン ホロモナホロ
製作:バオバオ・チェン

かつて同じ言葉や音楽で繋がっていた島々の歌をもう一度集結させる音楽プロジェクト「Small Island Big Song」。

東は太平洋のイースター島から、西はインド洋のマダガスカルに至るまで、16の島国に残る伝統的な音楽とパフォーマンスを記録した音楽ドキュメンタリー。文字が普及する前の時代、数千年に渡って大海原を航海し、地球の半分を覆う島々にたどり着いた人々がいた。彼らはその先々で音楽を残しながら交流していった。その時代、人々をつないだのは文字ではなく音楽だった。オーストラリアの先住民に受け継がれる“ソングライン”という思想、信仰に基づいて、さまざまな歌が重なり合う独特の表現方法で、100名を越える各島々の音楽家たちと共同で、かつて同じ言葉や音楽で繋がっていた島々の歌を もう一度集結させる壮大な音楽プロジェクト!
「Small Island Big Song」と名付けられた試みは、単なる伝統音楽の記録に留まらず、それぞれの島で生きる人々が伝承の音楽を伝統の楽器で演奏し、やがて一つの壮大なアンサンブルを奏でる。最後は、今、コロナ禍の中で広がっているリモートでつながる方式と同じように、一斉にそれらの人々が歌い上げる合唱になっているのが見もの。
音楽プロデューサーでもる監督のティム・コールとプロデューサーのバオバオ・チェンは3年間に渡りその航路をたどり、台湾から出発してオーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、マダカスカル、そしてイースター島に至るまで実に 16の島国に残る伝統的な音楽やパフォーマンスを記録し、さらに最後に壮大な音楽を作り上げた。

まさしく何千キロに渡る「大海原のソングライン」。壮大なプロジェクトの調査と記録。そしてさらには、それらの島の人たちが最後一斉に歌い上げる歌のすばらしさは感動もの。今回、コロナ禍でよく見かけるようになった一緒のところにいなくてもリモートで一緒にコラボする状態を先取りしたような音楽の作り。この状態を予言したような映像だった。古い時代の言い伝えと新たな時代のコラボ。先見の明がある作品ともいえる。それにしても、こんなにも長い旅をして先祖は世界に広がっていったんだなと思える交流と広がりをあらわした作品で、今の非難しあう世界でなく、寛容の世界を思い出してほしい作品ではある(暁)。



公式HP2019年製作/79分/オーストラリア・台湾合作
原題:Small Island Big Song
配給:ムーリンプロダクション
posted by akemi at 21:22| Comment(0) | オーストラリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

死霊魂 原題:死霊魂 英語題:DEAD SOULS

2020年8月1日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
その他の劇場情報
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©LES FILMS D’ICI-CS PRODUCTIONS-ARTE FRANCE CINÉMA-ADOK FILMS-WANG BING 2018

監督・撮影:王兵(ワン・ビン)
製作:セルジュ・ラルー、カミーユ・ラエムレ、ルイーズ・プリンス、ワン・ビン 

中国史の闇を生き延びた者たちの証言が死者の魂を呼び起こす
8時間26分の作品に挑戦してみませんか!

1950年代後半に起きた中国共産党の反右派闘争で粛清され、ゴビ砂漠の夾辺溝にある再教育収容所へ送られた人々。ぎりぎりの食料しか与えられず、過酷な労働を強いられ、劣悪な環境で多くの人が餓死した。生き抜いた人々が語る壮絶な体験と、収容所時代の墓地跡に散乱する人骨から、置き去られた死者たちの魂の叫び声が聞こえてくるような気がする。
「百家争鳴」キャンペーンを信じ自由に発言したら「右派」と呼ばれ、55万人もの人々が収容所に送られたと言われている。王兵監督は『鳳鳴フォンミン― 中国の記憶』(2007)、『無言歌』(2010)でも反右派闘争を追い続け、いまだに明らかにされていない中国史の闇を追求している。
大飢饉が重なり収容所は地獄になった。生還率10%ともいわれた収容所を生き延びた人たち。その後、開拓地として頒けられたその地で暮らす農民たち。
2005年から2017年までに撮影された120人の証言、600時間に及ぶ映像から本作はまとめられた。8時間以上に渡る作品だが、収容所の背景や状況を提示する第一部。衝撃的な収容所の飢餓状況の第二部。収容所の係員だった人の証言もある第三部と分かれている。
 厳しい体験をした人たちの言葉はずしりと重く苦しい。多くの亡くなった人たちの状況、棺桶がなくなった後は布団に丸めて遺体を放置した話などは涙が出た。壮絶な話の数々に気が引きしまる思いで観た(暁)。

2010年に製作された『無言歌』は、ヤン・シエンホイ(楊顕恵)の小説「告別夾辺溝」を元に、ワン・ビン監督が再教育収容所を生き延びた人たちを探し当て、3年にわたりインタビューを重ねて脚本を作り上げたフィクションだった。毛沢東の「大躍進」政策によりもたらされた大飢饉で、収容所はさらに凄惨な状況だったことが静かに伝わってくる作品で、忘れられない。
1966年から10年間にわたる文革よりも前に、1950年代後半に反右派闘争で粛清された人たちがいたことを知ったのは、謝晋監督の『天雲山物語』(1980年)を通じてのことだった。
文革同様、知識人が粛清の対象になったのかと、なんとなく想像していたが、今回、『死霊魂』で体験者の証言を聞き、右派の烙印を押されたのが、実に理不尽な事情だったことを痛感した。特に本人にとって納得がいかないのが員数合わせだろう。例えば、その地区として、右派を5人出せと言われた上層部は、ちょっとした理由を見つけて烙印を押すという次第。多くの人たちが、食べるものもいきわたらない収容所で命を落としたことを思うと涙が出る。そして、この中国共産党の何かと理由をつけて、異分子を再教育収容所に入れることは、いまだに続いている。(咲)


公式HP
フランス・スイス/2018年/8時間26分(3部合計)/DCP/カラー
日本語字幕:最上麻衣子(第一部)、新田理恵(第二部、第三部)
配給:ムヴィオラ 

参考記事
シネマジャーナルHP
山形国際ドキュメンタリー映画祭2019 レポート 大賞は『死霊魂』に
http://cineja3filmfestival.seesaa.net/article/470947183.html



posted by akemi at 18:52| Comment(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月23日

LETO -レト-  原題:Leto  英題:LETO(The Summer) 

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監督:キリル・セレブレンニコフ
出演:ユ・テオ、イリーナ・ストラシェンバウム、ローマン・ビールィク

1980年代前半、ソ連時代のレニングラード。西側諸国(資本主義諸国)の文化は禁忌とされていたが、L・ツェッペリンやT・レックスなどの影響を受けて、アンダーグランドの活動ながら、ロックバンドを組む若者たちがいた。中でも「ズーパーク」は人気を博していて、リーダーのマイク(ローマン・ビールィク)に、ロックスターを夢見るヴィクトル(ユ・テオ)は「大ファンです。僕の曲を聴いてください」と大胆にも声をかける。ヴィクトルの歌を聴き、才能があると見込んだマイクは、共に音楽活動を始める。一方、マイクの妻ナターシャ(イリーナ・ストラシェンバウム)とヴィクトルの間には淡い恋心が芽生える・・・

ロシアの伝説的なロックバンド「kino(キノ)」を創設したヴィクトル・ツォイ。自ら曲を書き、ヴォーカルとして活躍。10枚のアルバムをはじめとして多くの音楽作品を生み出した。『僕の無事を祈ってくれ』(88)で映画初主演を果たし、名声を得る。1990年8月15日、新アルバム制作のために短期滞在していたラトビアで交通事故に遭い、28歳の若さで命を落とす。人気絶頂だった彼の突然の死はファンに衝撃を与え、後追い自殺する者もいたという。

夏の浜辺で、思い思いに歌って過ごす光景は、自由主義国となんら変わらないように見える。でも、ロッククラブの幹部が、「ソ連のロッカーには、社会的役割がある。貧乏くさいのはダメ」と語る場面があって、いかにも社会主義国らしい感覚。そんな規制がある中でも、ロシア語で自分の思いを歌ったヴィクトル。突然の死が、彼を伝説にした。
風貌が東洋的なのは、彼が朝鮮人とロシア人の間に生まれたから。父親は極東ロシアに住んでいた朝鮮人でカザフスタンに強制移住させられた方。ここにもソ連的な事情が見える。

ヴィクトルが歌う背景に、アフガニスタンに派兵させられる若者たちの姿が映る場面があった。母親が「コーリャ、アフガニスタンに行くの?」と叫んでいて、無事に帰ってこられるのだろうかと心配する母親の思いがぐっと迫った。1979年の年末に突如アフガニスタンに侵攻したソ連。撤退するまでの約10年間に、多くの若者が命を落としたことと涙。(咲)



『LETO -レト-』本編映像 パッセンジャー編
YouTube: https://youtu.be/mS06WyTcHdA
トロリーバスの中でヴィクトルが乗客たちと共に歌いだすミュージカルのような場面。
モノクロの実写の上に白でアニメーションを施したポップな映像に、思わず本編を観たくなること請け合います♪

第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品、カンヌ・サウンドトラック賞最優秀作曲家賞受賞

2018年/ロシア・フランス/スコープサイズ/129分/モノクロ・カラー/英語・ロシア語/DCP/5.1ch
配給:キノフィルムズ
公式サイト:https://leto-movie.jp/
★2020年7月24日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

posted by sakiko at 21:38| Comment(0) | ロシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

剣の舞 我が心の旋律 (原題:Tanets s sablyami 英題:SABRE DANCE )

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監督・脚本:ユスプ・ラジコフ
出演:アンバルツム・カバニン、ヴェロニカ・クズネツォーヴァ、アレクサンドル・クズネツォフ、アレクサンドル・イリン

第2次世界大戦中、レニングラード国立バレエ(現ミハイロフスキー劇場バレエ)は地方に疎開する。劇団員たちは軍部の監視や物資不足に悩まされながらも、「ガイーヌ」プレミア上演を目指していた。そんな中、作曲家のアラム・ハチャトゥリアン(アンバルツム・カバニャン)は公演開始8時間前にいきなり上官から、剣を持つクルド人が戦いのダンスを踊る楽曲を創作するよう命じられる。

アラム・ハチャトゥリアンが、僅か8時間で名曲「剣の舞」を書き上げた2週間前後に物語を絞ったことが奏功した。ハチャトゥリアンはアルメニアにルーツを持つ。アルメニアの紙幣に肖像が使用され、今でも民族の誇りを象徴する存在なのだ。

「アルメニア人虐殺を傍観しなければユダヤ人迫害もなかった」と劇中で言及する台詞には今日性、普遍性があり、本作主題の肝となっている。
アルメニア・アゼルバイジャン・ジョージア…などコーカサス地方の土俗的な民族音楽の影響がハチャトゥリアンの楽曲から聴き取れる構成にしたのは、ウズベキスタン出身の監督・脚本家ユスプ・ラジコフの意図だろう。

本作でも、ハチャトゥリアンがアララト平原を訪れるシーンは最も印象的だ。高原の空気が流れ、真っ青な空と荒涼とした大地にハチャトゥリアンが佇む時、演じるアンバルツム・カバニャンの眼差しに強い意思が宿る。

旧ソ連の政治支配から逃れられないハチャトゥリアンの不遇が滲み出ている点が伝わった。それが作曲の原動力になるのだが…。

アルメニアを舞台にしたバレエ曲「ガイーヌ」の「アダージョ」は、キューブリック監督作『2001年宇宙の旅』で宇宙船内を飛行士がジョギングしているところで流される。浮遊感と孤独を表現した名場面だ。
また、「仮面舞踏会」よりワルツが奏でる目眩く情動も聴き応えがある。クラシック音楽ファンもハチャトゥリアンを堪能できる作品として見逃せない作品となろう。 (幸)


ハチャトゥリアンは、1903年5月24日、ロシア帝国支配下にあったグルジア(現ジョージア)のティフリス(現トビリシ)でアルメニア人の家庭の4男として生まれた。
アルメニア人は、12世紀に東ローマ帝国によってアルメニア王国が滅ぼされると、世界中に離散。アルメニア人の6割はアルメニア共和国の外で暮らしている。
ハチャトゥリアンの祖先がいつグルジアに移住してきたのかは不明だが、1915年から1916年にかけて東トルコの地を追われて命からがら逃げてきたアルメニア人の姿を、ハチャトゥリアンは子どもの頃に目の当たりにしているに違いない。
映画の中で、回想場面として出てくる1939年のアルメニア訪問。アルメニア人の心の拠り所であるアララト山を眺めながら、老人が語りかける。「25年前に先祖の墓も家も捨てて、砲弾の中、泣く泣く故郷をあとにした。あの山で死んだ者の分まで生きねば。忘れなければ、世界を腐敗から防げる」
ハチャトゥリアンは、このアルメニア滞在で、祖国を追われたアルメニア人の苦悩を生涯のテーマにして世界に伝えたいと誓うのだ。それはアルメニア人に限らず、全人類が平和に暮らせるようにとの願いなのだ。
共産党員で文化省の役人プシュコフが、「今やトルコはソ連の友好国。昔のことは忘れろ。百年もすれば誰も覚えてない」と一蹴する。直接描けない思いを、ハチャトゥリアンはしっかり後世に伝えている。
小学生の頃から慣れ親しんできた「剣の舞」に、こんな思いが込められていたことを知り、胸が締め付けられる思いだ。(咲)

スタッフ日記にも雑感を書きました。
『剣の舞 我が心の旋律』 世界に離散したアルメニア人に思いを馳せる 


何度も聴いたことがある「剣の舞」の誕生にこのような秘話があったとは驚きだった。しかも、公演直前に作られた曲だったとは。初めて聴いたのはいつだったか忘れたけど、きっと小学生の頃の運動会だったと思う。疾走感あふれる曲で、一度聴いたら忘れられない。クラッシック音楽という風に意識したことはなかったけど、気がついたら耳に馴染んだ曲のひとつになっている。
ハチャトゥリアンという名前も一度聞いたら忘れられない名前。どこの国の人とか、どういう背景を背負った人というのは、今まで考えたこともなかったけど、この映画で知ることができた。映画は遥か昔の時代へといざない、ハチャトゥリアンの境遇を映し出す。そしてアルメニア人迫害の歴史とソ連の暴挙も。やはりハチャトゥリアンがアララト山を眺める光景が圧倒的で、あの山にこの曲を生んだ力強さのヒントがあるのではと思った。
それにしてもこの曲に限らず、流行歌、歌謡曲、ポピュラーソングなどでも、印象的だったり、耳に残る曲にはこういう締め切り直前にせっぱつまって作られらた曲が意外に多いなとこの映画を観ながら思った(暁)。


2019年製作/92分/ロシア・アルメニア合作
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト https://tsurugi-no-mai.com/
★2020年7月31日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開★
posted by yukie at 16:59| Comment(0) | ロシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月22日

海辺の映画館 キネマの玉手箱

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監督:大林宣彦
脚本:大林宣彦、内藤忠司、小中和哉
撮影:三本木久城
音楽:山下康介
出演:厚木拓郎(馬場毬男)、細山田隆人(鳥鳳介)、細田善彦(団 茂)、吉田 玲(希子)、成海璃子(斉藤一美)、山崎紘菜(芳山和子)、常盤貴子(橘百合子)ほか

尾道の海辺にある唯一の映画館「瀬戸内キネマ」が閉館となる。あいにくの荒天にも関わらず、別れを惜しむ人たちが集まった。最終日のプログラムは「日本の戦争映画大特集」のオールナイト上映。映画が始まると、突然稲妻が走り観客の毬男、鳳介、茂の3人が映画の中へとタイムリープしてしまった。乱世の幕末、戊辰戦争、日中戦争、太平洋戦争と戦火の映画の中に放り込まれ、健気に生きるヒロインたちと出会う。

大林監督20年ぶりの尾道が舞台の作品です。2019年秋の東京国際映画祭で上映され、大林監督が大勢の出演者たちに囲まれて車椅子で登壇しました。あと30年でも300年でも生きて映画を作りたいと語っていた監督でしたが、劇場公開を前に2020年4月10日に亡くなられ(享年82)本作が遺作となりました。
映画2本分の長さのこの作品には映画を愛する”大林映画学校の校長先生”のもとに生徒たち(!)が、書ききれないほど集まりました。各時代に配されて、それぞれの戦場で諦めることなく生きています。監督が繰り返し伝えてきた戦争の理不尽さ、平和の大切さが、どのエピソードにも込められていました。戦争を知る最後の世代から、戦争を知らない若い人たちに手渡していきたいという想いをひしひしと感じます。どうか受け取って。
(白)


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2019 年東京国際映画祭オープニングにて(撮影 宮崎暁美)

2019年/日本/カラー/シネスコ/179分
配給:アスミック・エース
(C)2020「海辺の映画館 キネマの玉手箱」製作委員会/PSC
://umibenoeigakan.jp/
公式サイト:https://umibenoeigakan.jp
公式twitter:https://twitter.com/umibenoeigakan
★2020年7月31日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国公開!

☆「活弁シネマ倶楽部」100回記念!大林宣彦監督最新作『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』を樋口尚文監督と長久允監督が語る!!

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長久允監督、樋口尚文監督、MC:森直人
2時間近くのトークです。たっぷりお楽しみください。こちらです。


posted by shiraishi at 21:09| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いけいけ!バカオンナ 我が道を行け

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監督:永田琴
原作:鈴木由美子
脚本:北川亜矢子
主題歌:AISHA
出演:文音(杉山結子ユウコ)、石田ニコル(澤野セツコ)、真魚(中川絵美)、小野塚勇人(内田幸司)、田中要次(永田徹)

アラサー女子・杉山結子(ゆうこ)。外ではイケイケ女を気取っているが家に帰ればジャージ姿で超地味な生活。ある日合コンに参加して、遅れてやってきた澤野セツコに男性の注目が集まるのを目の当たりにした。美人でグラマー、男あしらいも身についているセツコに俄然闘争心がわく。親友の絵美と彼氏獲得に励むが、ロストヴァージンの機会もやってこない。
ひょんなことから、セツコと互いの素顔を見てしまい、それまでの確執もゼロに。もう一人親友ができて「女の友情」を楽しむ日々だったが…。セツコが急に「結婚する」と言い出し、逆上してしまう結子だった。

文音さんはデビュー作『三本木農業高校、馬術部』(2008)から観ていますが、お母さんの志穂美悦子さん似の見た目どおり、きりっとまっすぐな役が多かった気がします。この作品では思いっきり弾けていて、コメディもいけるとわかりました。アラサー女子の3人はそれぞれ個性的で、あるあるなエピソードがたくさん。原作も監督も女性なのが大きいでしょうか。
「女の友情」ははかないとか、男が混じると壊れるとか言われますが、私は高校時代の友人や同期入社の友人と、結婚も出産も重なる転居も乗り越えてずっと仲良く続いています。さてこの3人は?
原作の鈴木由美子さんは「白鳥麗子でございます!」「カンナさん大成功です!」などで知られた漫画家さん。どちらも映画化されています。この作品は自伝が色濃く入っているそうですが、時代をバブル期から現代に置き換えて2000年代の10年ほどを描いています。同世代の方はファッションを見るとすぐわかるかも。憂さばらしに一番いいのは、仲のいい友達と美味しいものを食べながらのおしゃべりですよね。ままならない今、この作品で満喫してください。(白)


2020年/日本/カラー/シネスコ/100分
配給:アークエンタテインメント
(C)鈴木由美子・講談社/ネスト
(C)2020映画「いけいけ!バカオンナ」製作委員会
https://gogo-bakawoman.jp/
★2020年7月31日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
posted by shiraishi at 20:56| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン(原題:Der Trafikant)

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監督:ニコラウス・ライトナー
原作:ローベルト・ゼーターラー「キオスク」(東宣出版/酒寄進一 訳)
脚本:クラウス・リヒター ニコラウス・ライトナー
音楽:マシアス・ウェバー
出演:ジーモン・モルツェ(フランツ・フーヘル)、ブルーノ・ガンツ(ジークムント・フロイト)、ヨハネス・クリシュ(オットー)、エマ・ドログノヴァ(アネシュカ)

1937年 ナチス・ドイツが台頭してきたオーストリア。フランツはアッター湖のほとりで母親と暮らしてきた。17歳になっても仕事のない彼を心配した母親は、ウィーンに住む古い知り合いを頼るよう送り出す。元軍人のオットーが営むタバコ店(キオスク)で、住み込みの見習いとして働くことになっていた。仕事を覚える日々の中、常連のひとり“頭の医者”として知られるフロイト教授と話すようになった。田舎から来たばかりの純朴なフランツに、教授は「人生を楽しみ恋をするよう」勧める。その言葉に従って町に出たフランツは謎めいた年上のアネシュカに一目惚れしてしまう。初めての恋に戸惑うフランツに、教授はいくつか助言を与える。しかしドイツとオーストリアの併合準備が進み、小さなキオスクも激動の波に巻き込まれていく。

ドイツとオーストリアの併合は翌年3月のこと。じわじわとナチ色が浸透してきて、反対するもの、賛成するものに分かれてのいざこざやナチの弾圧も背景に見せています。そんな不穏な時代に生まれ合わせてしまったフランツの、甘くほろ苦い恋と成長の物語に、実在の人物であるフロイト教授が登場します。教授じきじきのお悩み相談とはなんと贅沢でしょう!教授の指南でフランツが書き残す夢のシーンも幻想的で素敵。
ブルーノ・ガンツは『ヒトラー 最期の12日間』(2004)でヒトラー役でした。本作では迫害を受けるユダヤ人、亡命するフロイト教授役です。その物腰もまなざしも思慮深く若者を思う優しさがにじみ出ていて、さすがです。2019年に亡くなってしまい残念ですが、この遺作は観客の心に刻まれるはず。
フランツ役のジーモン・モルツェ、ボヘミア少女のエマ・ドログノヴァはお初ですが、次の作品を期待してしまう若手。オットー役のヨハネス・クリシュはじめ、脇の方々もあの時代を背景に生きている存在感あり、オーストリア、ドイツで作られて良かったと思いました。原作者のローベルト・ゼーターラーは作家、脚本家、俳優といくつもの顔があるそうですが、エンドロールを観ていたらキャストの中にお名前があったんです。いったいどの役だったのでしょう?(白)


母親のパトロンが湖で事故死して、ウィーンのタバコ屋で働くことになったフランツ。毎日のように母親に宛てて絵葉書を書く孝行息子です。常連客の「頭の中身を治してくれる」フロイト教授。「本を読んで勉強する」というフランツに、「女の子と親しくなって好きなことをしろ」と処方します。ユダヤ人のフロイト教授とカフェに入ったときに、奥の見えない席に案内され、ひしひしとナチの力がウィーンに浸透しているのを感じます。
タバコ屋の店主オットー(ヨハネス・クリシュ)もまた、フランツを導いてくれる人物。「タバコ屋は味わいと快楽を売る店。秘密厳守」と、こっそりエロ本を売る一方、ナチ党の新聞は決して扱わない。アカもユダヤ人も大事なお客、「心の自由なくして民族の自由なし」とドアに掲げる気骨のある人物です。それ故、「ユダヤ人御用達」と烙印を押され、ついに秘密警察に連れ去られます。戦争で片足を失ったオットーの必需品である松葉杖が店に残されていて、フランツが届けに行く姿にほろりとさせられます。
ナチ・ドイツのオーストリア併合という激動の時代に、17歳のフランツがフロイトや店主との出会いによって大人へと成長していく、瑞々しい物語。
原題『Der Trafikant』は、「タバコ屋」ですが、邦題の『17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン』、なかなか素敵です。(咲)



2018年/オーストリア、ドイツ合作/カラー/113分/R15 
配給:キノフィルムズ
© 2018 epo-film, Glory Film
http://17wien.jp/
★2020年7月24日(金・祝)Bunkamuraル・シネマほか全国公開

posted by shiraishi at 20:44| Comment(0) | オーストリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月19日

zk/頭脳警察50 未来への鼓動

7月18日(土)より新宿K’s cinemaにて公開 その他の劇場情報

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©2020 ZK PROJECT

監督:末永賢
企画・プロデュース:片嶋一貴
プロデューサー:宮城広
撮影:末永賢 宮城広
整音:臼井勝
編集:末永賢
スチール:シギー吉田 寺坂ジョニー
企画協力:田原章雄 徳田稔
出演
頭脳警察: PANTA、TOSHI、澤竜次、宮田岳、樋口素之助、おおくぼけい
加藤登紀子、植田芳暁(ワイルドワンズ)

日本におけるロックの源流を生み出し、カウンターカルチャーをリードし続けてきた“頭脳警察”50年の足跡を映画化!

1969年、中村治雄(PANTA)と石塚俊明(TOSHI)によって結成された「頭脳警察」。のちに日本語ロックの元祖と言われるようになった彼らは、安保闘争、反戦・反体制運動が盛り上がるなか、過激な歌詞と自由なメロディー、表現方法によって、運動に参加する人たちの心に衝撃を与え支持を得た。
のちに“革命三部作”と呼ばれる「世界革命宣言」「銃をとれ」「赤軍兵士の詩」は、抑圧された社会情勢の中、若者の心情に共鳴する「詩」「叫び声」として享受されていった。
埼玉・所沢公園、かつてここに米軍の基地があった。PANTA(中村治雄)の父は、そこの日本人職員として働いていた。父の同僚の軍曹がハーモニカで聴かせてくれた「ケンタッキーの我が家」が音楽の原点のひとつ。名門校に進学するが、バイク窃盗事件の冤罪がもとで退学処分を受け、このことが体制に対する拭えない猜疑心を芽生えさせた。
PANTAとほぼ同じ頃に東京で生まれたTOSHI(石塚俊明)。同じ頃に生まれたふたりは戦後の激動の時代、社会情勢の中で、それぞれの胸に反骨心と音楽への憧れを育てていった。そして、17歳のときに出会い、1968年大学に進学。大学は学生運動の波の中だった。そして二人は1969年「頭脳警察」を結成。
当時はグループ・サウンズ全盛時代だったが、頭脳警察はその枠にとらわれない、自分たちだけの音楽と詩の世界を追い求めライブハウス中心に活動を開始。ベトナム戦争、あさま山荘事件などを経て若者たちの生き様が変わりゆくなか、頭脳警察は成田闘争の地・三里塚でのイベントに参加するなど、時代の風潮に逆らい続けた。
やがて彼らはもっと純粋な音楽への探究を模索し始め、1975年ステージを降りてしまう。以後、PANTAとTOSHIはそれぞれの道を歩みながら離合集散を繰り返し、その都度「頭脳警察」は進化し続けた。
時は過ぎ、2019年「頭脳警察」は新たに若い人たちが参加し再始動!
ギター・澤竜次(黒猫チェルシー)、ベース・宮田岳(黒猫チェルシー)、ドラム・樋口素之助、キーボード・おおくぼけい(アーバンギャルド)という若いミュージシャンとともに「頭脳警察 50周年バンド」を結成。

これは「頭脳警察」と同時代を歩んできた人、その背中を追ってきた人などの証言とともに、変わらぬ音楽への思いを保ち続ける彼らの「現在と過去」を追うことで、日本におけるカウンターカルチャーやサブカルチャーの歴史を浮き彫りにしていくドキュメント作品でもある。そして、新たな強力メンバーを得た「頭脳警察」の闘いは、この時代を生き抜くための力を私たちに与えてくれるだろう。

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©2020 ZK PROJECT


1970年代から1990年代、いろいろなイベントや集会などに行った時、PANTAさんが来たこともあり、そのときに「頭脳警察」というバンドがあることを知った。また頭脳警察が参加したイベントで演奏や歌を聴いたこともあったと思うけど、PANTA & HALの時だったかも。でも、過激な歌詞やパフォーマンスで、発禁や放送禁止などのエピソードを持つと、PANTAさんが自虐ネタで話していたことも、この映画を観ながら思い出した。でも、それからすでに20年はたっていると思うので、まさか今も活動しているとは思っていなかった。そしてこの映画の登場。頭脳警察が50周年を迎えて2019年に再結成したというのはこの映画で知った。まるで不死鳥のよう。でも二人の話からそれぞれ音楽は続けてきたのだと思った。
最近観た映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』の中で、司会をしていた全共闘の芥正彦さん(劇作家、演出家、俳優)は「学生運動は今はないかもしれないけど戦いは終わっていない。今も戦っている」と言っていたし、ウーマンリブのリーダー的存在だった田中美津さん追ったキュメンタリー『この星は、私の星じゃない』を観た若い人が、ウーマンリブはの活動はいつ頃終わったのですか?という質問に、「終わってはいない。今も戦っている」と答えていた。彼ら、彼女たちは信念をぬいて生きていると思う。戦い方は変わったかもしれないけど、形を変えて今も戦いながら生きている。頭脳警察の二人も、形を変えながら音楽を続けて生きてきたのだと思う(暁)。


公式HP
2020年製作/100分/日本
配給:太秦

posted by akemi at 21:03| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶

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監督:太田隆文(『朝日のあたる家』『明日にかける橋』)
撮影:三本木久城 吉田良介 音楽:サウンドキッズ 題字:大石千世
声の出演:栩野幸知 嵯峨崇司 水津亜子
ナレーション:宝田明 斉藤とも子
【 証言者 】
上江洲安昌 知花治雄 上原美智子 照屋勉 長浜ヨシ 川満彰 比嘉キヨ 佐喜眞道夫 真栄田悦子 座間味昌茂 松田敬子 島袋安子 山内フジ 瑞慶覧長方 平良啓子 吉浜忍 平良次子 吉川嘉勝 知花昌一 大城貴代子 他

第2次世界大戦末期、日本で唯一地上戦となった沖縄。当時の沖縄の人口の3人に1人、12万2282人が命を落とした。それが米軍からの攻撃だけでなく、日本の軍国主義によりもたらされた悲劇だったことを経験者の証言で伝えるドキュメンタリー。

1945年3月、米軍が沖縄に上陸。
本土決戦準備の時間稼ぎのために沖縄は捨て石にされ、14歳以上70歳まで男女全員が徴用され、戦闘協力を強いられた。
日本軍のことを沖縄の人たちは友軍と呼んでいたが、日本軍は食糧を奪ったり、壕に一緒にいると、泣いている赤ちゃんを母親に殺させたりした。軍隊の本質はどう戦うかで、住民を守ることは考えていなかったのだ。
さらに、集団強制死(集団自決)が起こったのも、民間人と軍が一緒にいた壕でのことだった・・・

沖縄上陸作戦から、戦闘終了までを、米軍が撮影した記録フィルムも用いて時系列で伝えながら、経験者や専門家の証言をはさんで、当時のことがまざまざと伝わってくるドキュメンタリー。
これまでにも、沖縄戦や、その後の沖縄に関する映画の中で市民が地上戦に巻き込まれたことを描いたものは多々ありますが、本作は戦争を知らない世代にわかりやすく伝わる映画です。
証言した人たちは、当時はまだ子どもでしたが、今は80歳以上。もう生の証言を集めることのできる最後の機会と思うと、その意味でも貴重な作品です。

中でも、証言者の方が、集団自決ではなく集団強制死と語っていたのが印象に残りました。
米軍が「殺さないから出てきなさい」と日本語で示しても、日本軍が女性はレイプされ、男性は殺されると言って外に出さず、あげく、米軍が壕に入ってきたときには、親に子を殺させ、親には自決を促したとの証言がありました。
同じ読谷村で、別の日本軍がいなかった壕では、ハワイに26年在住して帰国した男性が英語で米軍と交渉し、全員生存しているのです。
軍国主義教育が行き届き、軍の命令に従わないのは売国奴と言われた時代です。
さらに沖縄では、皇民化教育の一環で、沖縄的なものを排除し、学校教育では標準語で沖縄の言葉を使わせなかったそうです。日本軍が沖縄を差別していることを、米軍は利用できると思ったともいいます。
今も沖縄は日本の敗戦の重荷を一手に引き受けている状態です。悲しい記憶を引きずっている人たちに、それはあまりに過酷なことではないでしょうか。(咲)


沖縄戦関係の映画を、シネジャのサイトより紹介します。あわせてご覧ください。

『ぬちかふぅ-玉砕場からの証言―』 製作報告会見
http://www.cinemajournal.net/special/2009/nuchikafu/index.html

『沖縄うりずんの雨』
http://cinemajournal-review.seesaa.net/article/420978086.html

『戦場ぬ止み』
http://cinemajournal-review.seesaa.net/article/419005267.html

『標的の島 風(かじ)かたか』
http://cinemajournal-review.seesaa.net/article/448654152.html

『標的の村』三上監督インタビュー
http://www.cinemajournal.net/special/2013/hyoteki/index.html

『沖縄スパイ戦史』
http://cinemajournal-review.seesaa.net/article/460792611.html

『米軍アメリカが最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯』
佐古忠彦監督インタビュー
http://www.cinemajournal.net/special/2019/kamejiro2/index.html


2019年/105分/日本
制作:青空映画舎
配給:渋谷プロダクション
製作:浄土真宗本願寺派(西本願寺)
公式サイト:http://okinawasen.com/
★2020年7月25日(土)より新宿K’s cinemaにてほか全国順次公開




posted by sakiko at 19:50| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プラド美術館 驚異のコレクション  原題:Il Museo del Prado - La corte delle meraviglie

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監督・脚本:ヴァレリア・パリシ
ナビゲーター:ジェレミー・アイアンズ

スペインの首都マドリードにあるプラド美術館。
ここには、ベラスケス、ゴヤ、グレコの三大巨匠をはじめ、15世紀から19世紀にかけて歴代のスペイン王室が独自の審美眼で買い集めた美術品が収められている。
プラドが王立の絵画館として開かれたのは、1819年11月19日。昨年200周年を迎えた。創設したのは、対ナポレオン独立戦争後に復位したフェルナンド7世。絶対専制的な王政を行った中で、唯一の文化的な善政。19歳でポルトガルから嫁いだ王妃イザベル・デ・ブラガンサが懸命に独裁的な王を説得して実現させたという。だが、イザベルは開館を見ることなく1818年12月に21歳でこの世を去っている。
開館当初スペイン画派のみ3室311点だったが、今や、建物は増大し、展示作品約1700点。収蔵作品は3万5千点を超えるとされる。
名優ジェレミー・アイアンズがナビゲーターとなり、ミゲル・ファロミール館長はじめ学芸員たちが収蔵品について解説し、美術館の魅力の全貌を明かしていく。
監督のヴァレリア・パリシは、イタリア女性。本作が初長編ドキュメンタリー。

プラド美術館に収められているのは、レコンキスタ(イスラーム王朝からの国土回復)を果たしたイサベル女王が初めての1点を購入した時から、1868年に女王イサベル2世の治世が終わるまでに、王室が蒐集した作品が中心。
イサベルとフェルナンドのカトリック両王に始まる15世紀以降のスペイン近世・近現代史を、収蔵品を通じて学ぶことのできるドキュメンタリーになっています。
1936年に始まったスペイン内戦、その後のフランコ政権の時代には、美術館の収蔵品は国内外の安全な場所に疎開させています。価値ある所蔵品を守ろうとした人たちのことにも思いを馳せました。

イスラーム勢力がスペインに渡った711年から、スペイン最後のイスラーム王朝であるグラナダ王国の王が去った1492年に至る800年近いイスラーム時代の文化や美術品は、一切出てこないので、「国土回復」したカトリック王朝としては全く興味がなかったということなのかなと、ちょっと寂しい思いもしました。(咲)



2019年/イタリア・スペイン/92分/G
配給:東京テアトル、シンカ
公式サイト:http://www.prado-museum.com/
★2020年7月24日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー


posted by sakiko at 19:27| Comment(0) | イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

グランド・ジャーニー(原題:Donne-moi des ailes)

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監督:ニコラ・ヴァニエ「ベル&セバスチャン」「狩人と犬、最後の旅」
撮影:エリック・ギシャール
出演:ジャン=ポール・ルーヴ(クリスチャン)、メラニー・ドゥーテ(パオラ)、ルイ・バスケス(トマ)、フレッド・ソレル(ビョルン)

気象学者クリスチャンは雁の研究に打ち込むあまり離婚し、妻のパオラは一人息子トマと暮らしている。夏休みを過ごすために父親のもとにやってきたトマはオンラインゲームに夢中で、電波も届かない自然豊かなこの地も退屈なだけだ。
クリスチャンは超軽量飛行機を使って、絶滅危惧種の渡り鳥に安全な飛行ルートを教えるというプロジェクトを手がけていた。はじめはしぶしぶ父親につきあったトマだったが、卵が孵ってヒナたちが自分について歩くようになって気持ちが変わる。プロジェクトは「無謀だ」として飛行許可が下りない。

ジャック・ペラン監督のドキュメンタリー映画『WATARIDORI』が大好きでした。その制作に参加した鳥類研究家で気象学者のクリスチャン・ムレクが、実際に挑んだ超軽量飛行機でのノルウェーからフランスまでの旅を映画化したもの。成功した事実を知っていても、映画を観ていて事故がおきないかとつい心配になります。
子どもの頃「ニルスのふしぎな旅」を読み、1980年にヒットしたアニメ番組も欠かさず見ていたのを思い出しました。トマは普通の少年なので軽量飛行機で飛ぶのですが、鳥たちと一緒に旅をするうちにニルスのように様々な体験をします。撮影も素晴らしくて、観客もトマと一緒に旅をした気分になれますよ~。
映画以後、ニコラ・ヴァニエ監督とクリスチャン・ムレク(本人)は、300~400羽の鳥をラップランドから避難地へ移動させるという活動に取り組んでいるそうです。(白)


茶色いローブを着た少年がたった一人で超軽量飛行機に乗り、鳥のひなたちを連れてノルウェーからフランスまで飛行する。フィクションのような話ですが、なんと実話だそう。鳥は最初に見たものを親だと認識するので、親鳥らしく見えるように茶色いローブを着ているのです。大人が着て、羽をばたつかせるように手をバタバタさせると何だか笑ってしまいますが、少年がすると微笑ましく見えるから不思議です。
オンラインゲームに夢中だったイマドキの少年が危険を乗り越え、ひなとともに成長していく。オーソドックスな展開ではありますが、ドキドキハラハラもしっかりあるので、見ていて飽きません。また美しい自然の風景に心が和みます。クライマックスは親になった気分で少年を迎えてあげてください。(堀)


2019年/フランス・ノルウェー合作/カラー/シネスコ/113分
配給:クロックワークス
(C)2019 SND, tous droits reserves
http://grand-journey.com/
★2020年7月23日(木・祝)Bunkamura ル・シネマほかにてロードショー
posted by shiraishi at 13:46| Comment(0) | フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

誰がハマーショルドを殺したか(原題:Cold Case Hammarskjold)

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監督:マッツ・ブリュガー
出演:マッツ・ブリュガー、ヨーラン・ビョークダール

1961年9月18日。第2代国連事務総長ダグ・ハマーショルドは、アフリカのコンゴ動乱における停戦調停のため、時の権力者モイーズ・チョンベ大統領に会うべくチャーター機でコンゴの空港を飛び立った。しかし途中、ローデシア(現ザンビア)にて謎の墜落事故を起こし、ハマーショルドと15人の乗員は全員死亡。その後も詳しい調査が行われず、長らく原因不明の事故として扱われていた。この、「冷戦期最大の謎のひとつ」(米ワシントン·ポスト紙)とされてきた未解決事件にデンマーク人ジャーナリストで監督のマッツ・ブリュガーと調査員のヨーラン・ビョークダールは7年の歳月を費やして調査を続けた。

一つの疑問がさらに大きな謎を呼んで、いったいどうなるのかと固唾を飲んで観ました。よくぞこれだけの証言を集めたと感心。どうか誰も消滅させられていませんように。白人至上主義について、こんなにあけすけに語られた作品も初めて見た気がします。ウィルスをばらまこうとしたなんて、今余計にぞっとします。裏の裏、その裏まであるのかもしれません。
多くの謎が出てきますが、二人の秘書がところどころで監督に観客の代弁をするかのように、疑問をまとめて質問してくれます。いまどきタイプライターは使わないでしょうから、ミステリーの古典を模した演出でしょう。ドキュメンタリーとドラマの境界があいまいですが、歴史をなぞりつつスパイ映画なみに楽しめました。(白)


白い服を着たマッツ・ブリュガー監督が作品の内容を章立てして語り、それを秘書のような黒人女性にタイプで記録させます。ところが何だか違和感が。。。あれ、秘書の女性ってこの人だった? 実は秘書は2人いて、別々に同じようなことをさせていたのです。監督の不思議な演出に混乱するかもしれません。
ハマーショルドの飛行機事故を追っていた監督ですが、実行部隊の指揮官的な人物が浮かび上がってくると、芋づる式にいろいろなことが分かってきます。その辺りから何だか演出がドキュメンタリーなのかフィクションなのか境目が曖昧に。エンドロールにいたっては驚くような演出で仕立て上げています。えっこれってどこまでが本当のことだったの? 

もしかしたらとんでもなく恐ろしい事実にたどり着いてしまい、ストレートに描けなかったのかもしれません。作品の中から真実のみを掬い取ってほしい。声にできない叫び声が聞こえたような、聞こえなかったような。。。(堀)


2019年/デンマーク,ノルウェー,スウェーデン,ベルギー/カラー/シネスコ/123分
配給:アンプラグド
(c)2019 Wingman Media ApS, Piraya Film AS and Laika Film & Television AB
http://whokilled-h.com/
★2020年7月18日(土)より渋谷シアターイメージフォーラムほか全国順次ロードショー
posted by shiraishi at 13:39| Comment(0) | 北欧 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ステップ

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監督・脚本:飯塚健
原作:重松清「ステップ」(中公文庫)
撮影:川島周
音楽:海田庄吾
出演:山田孝之(武田健一)、田中里念(武田美紀/9~12歳)、白鳥玉季(武田美紀/6~8歳)、中野翠咲(武田美紀/2歳)
伊藤沙莉(ケロ先生)、川栄李奈(成瀬舞)、角田晃広(村松良彦)、片岡礼子(村松翠)、広末涼子(斎藤奈々恵)、余貴美子(村松美千代)、國村隼(村松明)、岩松了、日高七海、中川大志

武田健一は結婚して3年目、妻の朋子は2歳の美紀を残して病気で亡くなってしまった。朋子の両親は美紀を引き取ろうかと声をかけてくれたが、そこここに妻の気配が残っている家で美紀と二人の生活を選ぶ。会社と子育てとの両立のために、様々な壁にぶつかりながらも健一は歩みを進めていく。美紀は周りに見守られすくすくと育ち、健一は奈々恵に出逢った。いつしか10年が経とうとしていた。

久しぶりに「普通」の山田孝之さんです。ほんとにいろんな役を演じてきましたが、シングルファーザーは初めてです。実生活では小学生の息子さんが一人。この映画で娘の父になって、息子に対するのとはまた違っていることに気づかれたとか。
ワンオペ育児のたいへんさは、日々奮闘するママたちには周知のこと。健一に共感したりエールを送ったり、支える同僚や義父母たちがいていいなぁと羨んだり。
私は見守る祖父母の気持ちになってしまいました。娘婿にどこか頑なだった明と緩やかに近づいていくシーンも沁みます。いろんな方向から観ることができる作品でした。(白)


うまくいかない育児への苛立ち、仕事を残して退社する後ろめたさ、自分だけ周りから取り残されるような焦燥感。主人公の表情から伝わってきます。立て板に水のように喋っていた『全裸監督』のときとは別人のよう。(白)さんが書いているように、今回は普通の人の山田孝之です。どちらも演じられるのが彼の強みですね。
そして、この悩みはけっしてシングルファーザーだけが感じることではありません。育児をしている人なら誰もが経験すること。みんな、ああすればよかった、こうすればよかったといくつもの後悔を抱えながら、その日その日を送っていきます。
子どもの年齢によって親の苦労は違いますが、そのときどきにあわせて娘と向き合う主人公の姿に、育児真っ最中の世代は共感を、育児が終わった世代は懐かしさを感じるに違いありません。(堀)


2020年/日本/118分/G/
配給:エイベックス・ピクチャーズ
(C)2020映画「ステップ」製作委員会
https://step-movie.jp/
★2020年7月17日(金)より全国ロードショー
posted by ほりきみき at 12:48| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月12日

ぶあいそうな手紙

7月18日シネスイッチ銀座で公開 劇場情報

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(C)CASA DE CINEMA DE PORTO ALEGRE 2019

監督:アナ・ルイーザ・アゼベード
製作総指揮:ノラ・グラール
脚本:アナ・ルイーザ・アゼベード、ジョルジ・フルタード
脚本協力:セネル・パス
出演
エルネスト:ホルヘ・ボラーニ
ビア:ガブリエラ・ポエステル
ラミロ:ジュリオ・アンドラーヂ
ハビエル:ホルヘ・デリア
アウレア・バチスタ

ブラジル発の心温まる物語!
ブラジル南部ポルトアレグレ出身のアナ・ルイーザ・アゼベード監督の作品。
この街に住むエルネストは78歳で一人暮らし。隣国ウルグアイからやって来て46年。
部屋には本がたくさんあり、写真も部屋中に飾ってあり、教養もありそうだけど、融通がきかず頑固者。だんだん目が見えにくくなっている。そんな父を見て、サンパウロに住む息子のラミロは一緒に住もうと言い出すが耳もかさない。隣に住んでいるのはアルゼンチンから来たハビエル。年の頃は同じくらいで、数少ない友人でもある。
ある日、エルネストのところにウルグアイから1通の手紙が届いた。差出人はウルグアイ時代の友人の妻からだった。ハビエルが読もうかというが、強がって「大丈夫」と答えたもののやはり字が見えない。通ってくるブラジル人の家政婦に読んでもらおうとしたが、ポルトガル語ならともかく、スペイン語のためうまくは全部は読めずにいた。ただ、わかったのは友人が亡くなったということ。
*ブラジルの公用語はポルトガル語。ウルグアイ、アルゼンチンの公用語はスペイン語。
偶然知り合ったブラジル娘のビアが手紙を読んでくれるようになった。返信の代筆も。これがきっかけで二人の交流が始まる。ビアはそのアパートに叔母がいて手伝いで出入りしているというが嘘だった。しかし、ビアの嘘もわかった上で交流を続ける。「手紙の読み書き」のため、一人暮らしのエルネストの部屋にビアが出入りするようになるが…それは、エルネストの人生が変わる始まりだった。
仕事も恋もうまくいっていないのかワケありのビア、隣人ハビエルは心を許せる友人ではあるけど、ついつい強がりを言ってしまう。ウルグアイの友人の妻ルシア、父を手元に呼ぶかわりにアパートを売り払おうともくろむ息子。そんななかで心を正直に伝えられないエルネストが最後に宛てた手紙の相手は?
ほんのり苦くて可笑しくて、あたたかいラテンアメリカの話。

コロナ禍の緊急事態の中、2ヶ月近く自粛して自宅待機していたのですが、解禁になった時に最初に観たのがこの作品でした。久しぶりの外出に足も体もよろよろふらふらと出かけたので、この作品の内容が身につまされました。でも、映画を観る喜びとともに心温まる内容に、私もうまくこの状態を打破できるか希望をちょっと持つことができました。年を取ると若い頃と違って、思うように動いたり行動したりできなくなってきます。エルネストはどんな生涯をへてこのアパートで暮らしているのかはわかりませんでしたが、部屋の様子から写真をやってきた人だろうなということはわかりました。部屋にたくさんの写真が飾られていて写真の引き伸ばし機がさりげなく写ったからです。
日本からブラジルに移住した人たちはほとんどが農業移民でしたが、国内で食べていけなくなった人がほとんどでした。でもエルネストはブラジルに渡って46年ということなので、1975年前後にブラジルに渡ったのでしょう。南米各国で軍政下などで避難民が多く出た時期でもあります。それを逃れての移住だったのかもしれません。そのへんも知りたいと思いました。
ブラジルはかつて「人種のルツボ」といわれていましたが、いろいろな国からの移民が多かったからでしょう。私自身は実は中学生くらいの頃にアマゾンに興味をもち、それからブラジルに移住したいと考えていたので、中学生の頃、ブラジル、アマゾン、移住関係の本をずいぶん読んだ覚えがあります。とうとう移住はできませんでしたが、いつか南米に行ってみたいとずっと考えていました。そして、去年、ピースボートの船で世界一周の船旅に出た時に、ブラジル(リオデジャネイロ)、ウルグアイ(モンテビデオ)、アルゼンチン(ヴィエノスアイレス)に立ち寄りました。そんなこともあり、この映画に出てくる3カ国の関係とか興味深かったです。
また、スペイン語とポルトガル語は意外に近い言語のようです。この旅でも実感しました。私は英語もそんなには話せないし、ましてやポルトガル語(アルファベットといくつかの挨拶言葉で挫折)もスペイン語(旅に出る前にTVでスペイン語講座を見たり、船の中のスペイン語講座にも行ってはみたけどほとんど覚えられず)もほとんどわからず状態ですが、この3カ国の街中では英語は全然通じず、いくら得意でないといっても英語が通じないのは買い物などにとても不便でした。この作品ではブラジル娘のビアがスペイン語の手紙の代読と代筆をするというのがミソでした。そしてラストの展開に注目!(暁)。


人生、まだまだ何が起こるかわからない!
エルネストは、手紙が読めないほど目も見えなくなっていて、息子も一人暮らしを心配して呼び寄せようとしています。まさに老いていくのみの様相。ところがどっこい! こんな人生を私も送りたいという選択をするのです。関連して色々書きたいことがあるのに、ネタバレになるので書けないのが、すご~く残念です。ぜひ、ラストを楽しみにして劇場でご覧になってください。

舞台になっているポルトアレグレは、ブラジル最南部の町。アナ・ルイーザ・アゼベード監督の住む町で、ヨーロッパからの移民が多く、白人が80%。また、ウルグアイやアルゼンチンと近いので、両国での独裁政権の圧政から逃れて移住してきた人も多いとのこと。彼らは母語のスペイン語と、ブラジルのポルトガル語をミックスした「ポルトニョール」を話しているそうです。
主役のエルネストを演じたホルヘ・ボラーニは、ウルグアイの名優。『ウィスキー』(2004年)で、やはりブラジルに住むウルグアイ人の役でした。隣人の友人ハビエルはアルゼンチンから来た設定で、演じているホルヘ・デリアは、やはりアルゼンチンの方。
エルネストやハビエルが、どういう事情でポルトアレグレに移住してきたかは、言葉の端々や手紙の内容から類推するしかないのですが、知らない土地で、冗談を言いあえるいい隣人に恵まれたいものだと思わせる関係です。
まだまだ書きたいことはいっぱい♪ 心に響く映画です。(咲)


参考資料(暁)
やっと映画を観に行き始めました。そしてあっという間に3週間
(『ぶあいそうな手紙』試写を観にいった時の話が載っています)
http://cinemajournal.seesaa.net/article/475968319.html

公式HP
2019年製作/123分/ブラジル
原題:Aos olhos de Ernesto
配給:ムヴィオラ


posted by akemi at 20:25| Comment(0) | ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

河童の女 

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監督・脚本:辻野正樹 
撮影・編集:小美野昌史 
照明:淡路俊之 津田道典 
録音・整音:松野泉 
美術:中村哲太郎 
衣装:小宮山芽似 
ヘアメイク:河本花葉
特殊造形:土肥良成 
スタントコーディネーター:雲雀大輔 
音楽:桜井芳樹 
プロデューサー:市橋浩治
出演:青野竜平、郷田明希、斎藤陸、近藤芳正、瑚海みどり、飛幡つばさ、和田瑠子、中野マサアキ、家田三成、福吉寿雄、山本圭祐、辻千穂、大鳳滉、佐藤貴広、木村龍、三森麻美、火野蜂三、山中雄輔

柴田浩二(青野竜平)は、川辺の民宿で生まれ、今もそこで働きながら暮らしている。
ある日、社長青野竜平である父親(近藤芳正)が、見知らぬ女と出て行った。浩二は一人で民宿を続ける事となり、途方に暮れる。そんな中、東京から家出してきたという女が現れ、住み込みで働く事に。美穂(郷田明希)と名乗るその女に浩二は惹かれ、誰にも話した事の無い少年時代の河童にまつわる出来事を語る。このままずっと二人で民宿を続けていきたいと思う浩二だったが、美穂にはそれが出来ない理由があった。

今泉力哉監督『サッドティー』(第2弾)『退屈な日々にさようならを』(第6弾)や、上映館数350館・動員224万人を突破し、社会現象と化した上田慎一郎監督『カメラを止めるな!』(第7弾)など数々の話題作を輩出しているENBUゼミナール主催の「シネマプロジェクト」 最新作(第9弾)です。監督は、遅咲きの新人・辻野正樹監督で、オリジナル脚本にあわせワークショップオーディションを実施。『カメラを止めるな!』効果で応募者はなんと428人! それまでの10倍の人数だそう。選ばれた16名のキャストに、ベテラン俳優の近藤芳正をゲスト俳優に向かえました。
物語は緩~く展開していきます。青野竜平さんの実直そうな感じが1人で民宿を守ろうと奮闘している主人公に重なります。生真面目で固い印象を与える郷田明希さんがミステリアスな女性にうまくはまって、ぎこちない2人の関係が微笑ましく見えてきます。
そしてロケーションが素敵。飯能市にある民宿を借りたようですが、ちょっと寂れた感じが作品にどんぴしゃり。ロケーションも主人公の1つといえるでしょう。(堀)


2020年/107分/5.1ch
配給:ENBU ゼミナール
(C) ENBUゼミナール
公式サイト:http://kappa-lady.net/
★2020年7月11日(土)新宿K’s cinema、7/18(土)池袋シネマ・ロサほか全国順次ロードショー
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2020年07月10日

追龍(原題:追龍 Chasing the Dragon)

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監督:バリー・ウォン、ジェイソン・クワン
出演:ドニー・イェン(ホー)、アンディ・ラウ(ロック)、フィリップ・キョン、ウィルフレッド・ラウ、ケント・チェン

1960年、中国の潮州から仲間たちと香港に仕事探しにきたホーは、日当目当てでヤクザ同士の抗争に参加して逮捕されてしまった。差別意識の強い英国人上司とそりの合わない警察官のロックはホーたちを助け、ホーはその恩義を胸に刻む。ホーは裏社会で、ロックは警察でのし上がり、ここぞというときには互いに助け合いながら権力と金を手にしていく。

実在の二人をモデルにしたクライムストーリー。W主演のアンディ・ラウがドニーより2歳年長で、香港のテレビ局の俳優養成所の先輩でもあります。トップスター二人のこれが初共演。ケネス・ツァンやケント・チェンの共演、もう見ることのできない九龍城砦のセットが素晴らしく、香港映画ファンには嬉しい限り。ぜひ大画面で堪能してください。アンディ・ラウは『リー・ロック伝 大いなる野望』(91)では30そこそこで(若くて美形!)同じロックを演じています。見比べるのも良し。
ドニー・イェンは『ワンス・アポン・ア・タイム 天地大乱』(92)で黄飛鴻(ウォン・フェイフォン)の敵役で、ジェット・リーよりも目を引き「誰!?」と以後作品を追いかけたのでした。この作品の腕っぷし強く仲間思い、義理人情に厚いホーは、ドニー本人に近いのではないかと想像しています。
歌に映画にとトップを走り続けてきたアンディ、アクションだけでなく演技にもさらに磨きがかかってきたドニー、俺様キャラ二人かとの心配は無用。二人とも良い年を重ねてきました。(白)


市民の安全を守るためには警察内でのし上がって権力を持つしかない。ロックの考え方はどこかで聞いたことがあると思ったら、「踊る大捜査線」で柳葉敏郎が演じた室井慎次。テレビシリーズ当時は警視庁刑事部捜査第一課強行犯捜査担当管理官でしたが、その後、紆余曲折はあったものの、『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』では警察庁長官官房審議官兼警察庁長官官房組織改革審議委員長に就任して、警察組織の抜本的改革に踏み出すこととなりました。
が、ロックは裏社会でのし上がったホーと手を組み、私利私欲にまみれてしまいます。どこで道を違えたのでしょうか。ホーとともに海の向こうを見たときの青空はいつの間にか消えていました。それとももともと目指すものが違っていた? 
アンディ・ラウに見とれているとラストは「よかった~」と思えるのですが、一般市民の感覚としては、それでよかったんだろうかと、何とも言えないざらざら感が残ります。(堀)


冒頭、頭上を飛行機が飛んでいきます。九龍城砦のすぐそばに啓徳空港のあった時代。空港ビルから眺めた九龍城砦の異様な姿を思い出します。無法地帯といわれ、足を踏み入れるのをためらっているうちに壊されてしまいました。在りし日の姿を写真展で見たことがありますが、本作で生々しく悪の巣窟を再現していて、こんなだったのかなぁ~と想像をめぐらしました。
九龍側から眺めた香港島には、まだ高層ビルも林立してなくて、のどかな風情。
警察が黒社会と結託して、担当地区を決めて甘い汁を吸っているのですが、九龍側に住む警察幹部のトン・ガン(ケント・トン)が尖沙咀と同じ位、香港島の湾仔にうまみがあると聞いて、食指を伸ばそうとします。ガンと対立するリー・ロック(アンディ・ラウ)が、すかさず「船酔いするぞ」とからかいます。まだ海底トンネルが出来てなくて船で行き来していた時代。
また、英国人があらゆる面で香港人の上に立っていたことが、競馬場の場面からも見て取れました。ジョッキークラブのメンバーでないと入れない上層部のテラスですら、英国人と香港人は柵で区切られていました。
英国から中国に返還され、一国二制度という形での独立を得たはずの香港ですが、香港人による自治とは程遠い現実。警察が市民にこん棒を振っているのも60年代と変わらないですね。(咲)


2017年9月中旬 『追龍』香港公開直前の銅鑼湾時代広場の看板(撮影:宮崎暁美)
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私はよっぽど『追龍』と縁がないらしい。なかなか観ることができなかった。2017年9月中旬に華仔天地/わーちゃいてんち(アンディワールドクラブ)のイベントで香港に行った時は『追龍』香港公開1週間くらい前だった。日本に帰る前の日、銅鑼湾の時代広場にこの映画の大きな看板があるというので見に行った。
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2017年9月中旬 『追龍』香港公開直前の銅鑼湾時代広場の看板

日本公開が決まり試写状をいただいたけど2月は2回旅行に行ったり、3月は大阪のアジアン映画祭に行ったのでなかなか試写に行けなくて、4月にやっと観に行けると思ったらコロナ禍中になり、持病持ちの私は約2ヶ月自粛状態で家にこもっていた。5月25日に東京の緊急事態宣言が解除され、6月1日の『追龍』最終試写で映画解禁と思ったのにやはり怖くて都心に行けず、(咲)さんがDVDを取り寄せるというので、それをまわしてもらうことにした。それが失敗だった。やっと観ることができたけど、我が家のTVは小さく、字幕が小さくてよく見えず、やはり映画は大きな画面で観なくてはと反省。公開されたら、さっそく映画館の画面で観なくては。お預け状態約3年近く。やっと観ることができる。それでもDVDで観た『追龍』、やっと観ることができて嬉しかった。

劉徳華(アンディ・ラウ)と甄子丹(ドニー・イェン)の二人が共演するという話を聞いたときは、これが初めての共演とは意外だった。長年香港映画界で活躍してきた二人だけど、やっと一緒にやれる機会がやってきたということだったのかも。それもリーロックとホーという実在の人物をモデルにした物語で。香港映画で幾度も描かれてきた実在のキャラクターということだけど、二人は大勢の出演者たちの中で実在感たっぷりに演じていた。そして、香港映画のおなじみの面々。フィリップ・キョン、ケント・チェン、ケネス・ツァンばかりでなく、アンディとTVBで仲間だった五虎のメンバーだったケン・トンやフェリックス・ウォンも出ているし、テレンス・インまで出ていて、香港映画ファンにとっては出演者だけでも思わずニヤリとしてしまう面々が、次々と登場。
大陸(潮州)からの無法移民、大勢の人数による黒社会の出入り、九龍城砦とそのすぐ上を飛行機が飛んでいる姿。英国人の警官。1960年代から80年代を映した香港映画ではお馴染みの光景。ちょっと懐かしかった。
警察と黒社会が結託し汚職が横行した時代を現した映画をたくさん観てきたし、英国人の警察官の横暴をあらわしたものもたくさんあった。でもこの映画を観たとき思ったのは、今は英国が中国に変わっただけで、相変わらず香港は自分たちが住んでいる国であって、香港人のものではないというのをひしひしと感じた。この数年の香港で起こっていることを暗示させるものだったのかもと感じた。そして「いつから英国の手下に」という言葉が、そのまま「中国」に成り代わっていると思いながら観た。バリー・ウォンの「おバカ映画」が好きなんていっていた時代もあったけど、今やバリー・ウォンはエンターティメント映画の中にしっかり皮肉を折りこんだ骨太の映画を作るようになっていた。「香港は俺たちのものだ」という言葉が空しく響く。
九龍城砦は取り壊され、今は公園になっていて、この映画に出てきたような光景とは思いもつかぬ姿になっている。2018年に香港に行ったとき、九龍城砦跡地にできた九龍塞城公園に行き、ここでゆっくりしながら数々の香港映画で観た九龍城の姿を思い出していた。

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九龍城砦跡地にできた九龍塞城公園

今年(2020年)2月に台湾に行き、台北・西門町の映画館で『肥龍過江』を観た。太っちょ姿のドニーさんが活躍する作品で日本でも撮影している。これを観たら、アンディの『ダイエット・ラブ/瘦身男女 』を思い起こすくらい似たような太っちょ姿だったので、この「太っちょ」姿を作ったのは、もしかしたらアンディの太っちょ姿を作った会社と同じかも(笑)。この作品面白かったので、ぜひ日本でも公開してほしい(暁)。

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西門町の映画館で『肥龍過江』の看板

2017年/中国、香港/カラー/シネスコ/128分
配給:インターフィルム
(C)2017 Mega-Vision Project Workshop Limited.All Rights Reserved
https://www.tsuiryu.com/
★2020年7月24日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー



posted by shiraishi at 10:54| Comment(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

WAR ウォー!!(原題:WAR)

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監督・脚本・原案:シッダールト・アーナンド
出演:リティク・ローシャン(カビール)、タイガー・シュロフ(ハーリド・ラフマニ)、バーニー・カプール(ナイナ)

インドの対外諜報機関RAW(Research and Analysis Wing) に衝撃が走る。RAWのナンバーワンのカビールが、組織の高官を射殺して逃亡したと報告が入ったのだ。ただちにカビールの抹殺が決まり、彼の愛弟子でもあったハーリドがそのミッションに名乗りをあげる。カビールは最も尊敬し、憧れていた上司でもあった。ぬぐい切れない疑問がわき、直接カビールに会って問いただしたかったのだ。なぜ裏切ったのか?

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凄腕スパイ同士の世界各地をまたいだ追跡劇、しかも長身イケメン俳優+渾身のアクションとカーチェイス…これだけ揃えた上、美女とダンスシーンもぬかりありません。『サーホー』を越えて大ヒットしたそうです。迫力のダンスシーンはかなり熱い(暑い)ので、のぼせないようご注意を。
インド映画といえばこの方!松岡環さんのブログ”アジア映画巡礼”にも詳しーい解説が載っていますので、ご覧くださいませ。(白)


W主演のリティク・ローシャンとタイガー・シュロフはどちらも二世俳優。リティクの父は1970~80年代に二枚目スターとして人気があったラーケーシュ・ローシャン。タイガーの父は1980~90年代のトップ俳優ジャッキー・シュロフ。しかし、親の七光りなんてことはなく、リティクは甘い二枚目なうえ、キレのあるダンスステップを披露するし、タイガーはアクションが素晴らしい。2人の年齢差は16歳あるものの、師弟関係の設定でバディを組んでも違和感がありません。
脚本もよくできていて、「あれが伏線になっていたの!」と驚くことばかり。また2人が二丁拳銃で戦うところはジョン・ウー監督の『狼 男たちの挽歌・最終章』を彷彿させます。きっと他にも伏線やオマージュはありそう。(堀)


ハリウッド映画に負けないダイナミックなアクションシーン。加えて、イタリア、オーストラリア、フィンランドなど7カ国 15都市でのロケも超豪華。中でもポルトガルのポルトのドン・ルイス1世橋や、北極圏での砕氷船のシーンは圧巻です。アマルフィのポジターノビーチでの150人を越えるダンサーを背景にしたリティック・ローシャンとヴァーニー・カプールのパーティソングのシーンは、ほんと、熱いです。
インド南部ケーララののどかな風景など、癒される場面も。
国際的なイスラーム過激派テロリストを追う物語ですが、インドの対外諜報機関RAWのハーリドもまたムスリム。信仰に反するのにお酒を飲み干したのはおかしい・・といった言葉もありました。それも伏線。(咲)


2019 年/インド映画/ヒンディー語/カラー/スコープサイズ/151 分
配給:カルチュア・パブリッシャーズ/配給協力:インターフィルム
© Yash Raj Films Pvt. Ltd.
https://war-movie.jp/
★2020年7月17日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷他全国順次公開!



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2020年07月09日

パブリック 図書館の奇跡(原題:The Public)

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製作・監督・脚本・主演:エミリオ・エステベス
出演:アレック・ボールドウィン、テイラー・シリング、クリスチャン・スレイター、ジェフリー・ライト、ジェナ・マローン、マイケル・ケネス・ウィリアムズ、チェ・“ライムフェスト”・スミス

米オハイオ州シンシナティの公共図書館で、図書館員スチュアート(エミリオ・エステベス)は常連の利用者のホームレスから「今夜は帰らない」と告げられる。大寒波が到来し、路上での凍死者が続出し、その日の朝も図書館前で別の常連利用者ホームレスが亡くなったばかりだった。しかし、市の緊急シェルターは満杯。行き場を失った70人ほどのホームレスたちが図書館を占拠したのだ。
彼らの苦境を察したスチュアートは、3階に立てこもった彼らと行動を共にし、出入り口を封鎖する。それは“代わりの避難場所”を求める平和的なデモだったが、政治的なイメージアップをもくろむ検察官の偏った主張やメディアのセンセーショナルな報道によって、スチュアートは心に問題を抱えた“アブない容疑者”に仕立てられてしまう。やがて警察の機動隊が出動し、追いつめられたスチュアートとホームレスたちが驚愕の行動に出た。

寒い中、図書館の開館を待つホームレスの人たち。開館と共に入場し、歯を磨いて顔を洗う。町のシェルターはすでに満員で、受け入れてもらえず、ここが生活の場となっている人たち。折りしも大寒波。閉館後、行くアテのない人たちに、夜を過ごす場所を提供してあげてもいいじゃないかと思ってしまいます。
図書館員スチュアートは、過去にホームレスの経験もあって、本に救われたと語っています。テレビレポーターから、人質事件の首謀者の烙印を押され、言いたいことは?との問いに、人道的危機と言いかけるのですが、まともに聞いてもらえません。そこで、「ここには告発しても足りぬ罪がある。涙では表わしきれない悲しみがある・・・」と「怒りの葡萄」の一節を語ります。いぶかしげなレポーター。小学校高学年の教科書にも載っている一節なのだそうで、リチャードの知り合いの女性たちがレポーターを馬鹿にしています。報道の功罪も考えさせられました。(咲)


監督のエミリオ・エステベスは、ある公共図書館の元副理事がロサンゼルス・タイムズに寄稿したエッセイにインスピレーションを得て、構想に11年かけて完成させました。
記録的な大寒波の到来し、凍死者が続出しますが、緊急シェルターがいっぱいで行き場がないホームレスの集団が図書館のワンフロアを占拠。ひとりの図書館員が突如勃発した大騒動に巻き込まれながらも奮闘していく姿を描きます。

配給をしたロングライドは、日本各地の“公共”のエキスパートの方たちを繋いで、コロナ禍でより露わになった、日本における公共性を持つ空間が現在抱える問題やその未来についてともに考えるオンライン座談会を2夜連続配信しました。


《イベント概要》
『パブリック 図書館の奇跡』公開記念 本作を通し考える、日本の公共性を持つ空間のあり方と未来

【第1夜】
日程:7/7(火)
時間:18:00~19:30
司会:岡本真(アカデミック・リソース・ガイド株式会社 (arg)代表、著書『未来の図書館、はじめませんか?』)
登壇者:
福島幸宏(東京大学大学院 情報学環 特任准教授)
嶋田学(奈良大学 文学部 文化財学科 教授・司書課程)
谷合佳代子(公益財団法人大阪社会運動協会・エル・ライブラリー:市民ボランティアと寄付で支えられている労働専門図書館)
岡野裕行(皇學館大学文学部国文学科准教授)
桂まに子(京都女子大学図書館司書課程講師)

Youtube配信URL:https://youtu.be/GC4aGeKo2TM

【第2夜】
日程:7/8(水)
時間:19:00~20:30
司会:岡本真
登壇者:
田中元子(株式会社グランドレベル代表取締役社長、喫茶ランドリーオーナー)
平賀研也(前県立長野図書館長)
川上翔(NPO法人ビッグイシュー基金 プログラム・コーディネーター)
Youtube配信URL:https://youtu.be/D3VJK0lDI4w


初日は時間を1時間間違えて、終わりの方しか聞けませんでしたが、2日目はしっかり聞きました。
映画のシーンを引き合いに出して、日本の現状や今後への提案が話題に上がりました。

今から40年ほど前、図書館で働きたくて、大学で司書過程を取りました。しかし、当時は公務員試験に採用され、運よく図書館に配属されたらなれる職業で、なかなかなれない職業でした。(むしろ、意思とは関係なく図書館に配属され、不本意に図書館で仕事をしていた人もいました)
図書館は本を借りるところと思っている人が多いのですが、実はその利用方法は多岐にわたります。本の貸し出しの次くらいに分かりやすいのが、レファレンスサービス。利用者の質問に答えるのです。作品の中でも、「原寸大の地球儀はありますか」といったとんでもない質問がありましたが、これがなかなか大変なのです。そういった知られていない司書の仕事もさらりと紹介しているあたりに、エミリオ・エステベスの深いリサーチを感じる作品でした。(堀)


2018年/アメリカ/英語/119分/スコープ/5.1ch
配給:ロングライド
© EL CAMINO LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:https://longride.jp/public/
★2020年7月17日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
posted by ほりきみき at 14:20| Comment(0) | アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

バルーン 奇蹟の脱出飛行(原題:BALLOON)

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監督:ミヒャエル・ブリー・ヘルビヒ 
脚本:キット・ホプキンス、ティロ・レーシャイゼン、ミヒャエル・ブリー・ヘルビヒ
出演::フリードリヒ・ミュッケ、カロリーヌ・シュッヘ、デヴィッド・クロス、アリシア・フォン・リットベルク、トーマス・クレッチマン

1979年、東ドイツ・テューリンゲン州。電気技師ペーター(フリードリヒ・ミュッケ)とその家族は、手作りの熱気球で西ドイツをめざすが、国境までわずか数百メートルの地点に不時着してしまう。東ドイツでの抑圧された日常を逃れ、自由な未来を夢見ていたペーターは、準備に2年を費やした計画の失敗に落胆の色を隠せない。しかし妻のドリス(カロリーヌ・シュッヘ)とふたりの息子に背中を押されたペーターは、親友ギュンター(デヴィッド・クロス)の家族も巻き込み、新たな気球による脱出作戦への挑戦を決意する。ギュンターが兵役を控えているため、作戦のリミットはわずか6週間。ふたつの家族は一丸となって不眠不休の気球作りに没頭するが、国家の威信を懸けて捜査する秘密警察の包囲網が間近に迫っていた……。

作品冒頭でフェンスを乗り越えて西側に逃げようとする亡命者を映し出します。フェンスを超えられるのか、逃げ切れるか。いきなりハラハラドキドキのシーンで緊張感が煽られます。そして、主人公一家たちの登場。秘密を抱えた感じが演出からびしびし伝わってきます。
作品では2度、気球に乗って脱出を図るのですが、誰が乗って、誰が乗らないのか。それぞれの辛い選択に見ているこちらまで心が痛みます。
そして、実行。しかし、脱出は容易なことではありませんでした。この失敗がシュタージ(秘密警察)に手がかりを与えてしまうことになります。2回目の実行は危険度がさらにアップ。しかもシュトレルツィク家の長男が向かいの家の娘といい感じになり、そこから秘密が漏れてしまいそうで心配は尽きません。歴史的事実を描いた作品なので、結果はわかっているものの、125分のほとんどが緊張感の連続。だからこそ、ラストの安堵感は大きいものでした。
ちなみに気球による脱出を阻止しようとするシュタージのサイデル大佐を演じたトーマス・クレッチマンは東ドイツ出身で1983年に東ドイツから逃亡し、ユーゴスラビアに逃げたそう。逃亡した経験者が追う立場を演じているので、さらにリアル感が増しているのかもしれません。
そうそう、バルーンが意外にカラフルで、スクリーンいっぱいに大きく膨らんだときは思わず声を上げてしまいそうになるほどです。お楽しみに。(堀)


あんなに大きなバルーンを作ってしまったことに、まず驚きます。見つかったら命はないでしょう。そこまでして国を逃げ出したかったとは! 東ドイツ時代のベルリンの空港にトランジットで降り立ったことがあって、確かに荒んでいて、暗くて、国情を推し量って大変な国だなと思ったことを思い出します。
このバルーンで西に逃れた2家族8人の実話は、1982年にウォルト・ディズニー・カンパニーが『気球の8人』のタイトルで映画化し、日本でも公開されているのですが、知りませんでした。
東ドイツから壁を乗り越えて西に逃げた話は数多く聞いてきました。バルーンで亡命した話は聞いたことがなかったので、ベルリンの壁が崩れる前の東ドイツを何度か訪ねたことのある友人に聞いてみました。
「私が知らないだけかもしれませんが、おそらく当時はそういう脱出成功情報はあまり公に流されていなかったと思います。インターネットもない時代でしたし、隠されていたと思います」とのこと。さもありなんです。
報道されたとしても、バルーンに関して、よほどの知識と忍耐力がなければ、おいそれと真似して脱出するのは難しいのではと思います。
それにしても、実話なので脱出に成功するとわかっていても、ハラハラドキドキ、手に汗握りました。(咲)


東西冷戦下の東ドイツ。東ベルリンから西ベルリンへの脱出というと、ベルリンの壁を乗り越えたり、地下トンネルを掘ってという話は数多く聞いたり映画でも観てきたけど、熱気球で境界線を乗り越えたという話は聞いたこともありませんでした。でも実話を元にした話ということで実現したことがあるのでしょう。知られざる真実です。1989年にベルリンの壁が崩壊されたので、このあとまだ10年は壁がありました。その間にも何人もの人たちがこの境界を乗り越えたことでしょう。どのくらいの人たちが乗り越えられず犠牲になったことかと思います。
熱気球を作るにはかなりの知識(作り方とか気象知識など)と熟練した腕(ミシンで縫ったり)が必要だと思うけど、ペーターは電気技師、ギュンターは同僚という情報しかなかったけど、二人は東ドイツ国内で、仕事で熱気球などを作るような仕事もしていたのかな。素人ではとてもこんな8人も乗れるような熱気球は作れないでしょうね。
どうなるかとドキドキしながら観た作品であり、とても興味深い作品ではあったのですが、なぜ東西ドイツに分かれていたのかとか、東ドイツでの生活はどんなだったのかという視点では描かれてなかったのが残念です。その事情を知らない若い人たちのためにも、そういう部分も入れて描いてほしかったなと思います。
最近、歴史の史実を元にしたという映画が随分作られ、歴史に埋もれた真実が明らかになってきていますが、そこに至った歴史とかが省かれていることが多く、それが残念だなと思うことがあります。そのくらい、今の若い人は歴史を知らないと感じます。私自身も教科書からより、映画でいろいろな歴史や文化を知ったので、ぜひいろいろな視点で映画を観ていけたらと思います(暁)。

2018年/ドイツ/ドイツ語/125分/カラー/シネマスコープ/5.1ch
配給:キノフィルムズ/木下グループ
© 2018 HERBX FILM GMBH, STUDIOCANAL FILM GMBH AND SEVENPICTURES FILM GMBH
公式サイト:http://balloon-movie.jp/
★2020年7月10日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー


posted by ほりきみき at 14:08| Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

グレース・オブ・ゴッド 告発の時(原題:Grace a Dieu)

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監督・脚本:フランソワ・オゾン
出演:メルヴィル・プポー(アレクサンドル・ゲラン)、ドゥニ・メノーシェ(フランソワ・ドゥボール)、スワン・アルロー(エマニュエル・トマサン)、エリック・カラバカ(ジル・ペレ)、フランソワ・マルトゥーレ(バルバラン枢機卿)、フランソワ・マルトゥーレ

妻と子どもたちとの幸せな家庭を築いているアレクサンドルには、教会での忌まわしい思い出があった。子どもの頃人格者だと思われていたプレナ神父に性的虐待を受けていたのだ。教区を変えながら今も神父でいることを知って驚愕する。アレクサンドルは子どもたちが二度と同じ目に遭わないよう事件の告発を決意し、自分と同じ被害者を探し始める。同時に子どもを守り切れなかった親ともあらためて向き合うことになった。

フランソワ・オゾン監督が初めて実際にあった事件「プレナ神父事件」を映画化しました。一人が子どもの頃受けた性暴力を勇気を持って告発したのを契機に、次々と被害者が名乗りを上げ、結果的に80人以上になりました。裁判は現在も進行中です。
当時虐待を知りながら見ないふりを決め込んだ人たちがいて、被害者は増えていきました。大人になるまで声を上げられないほど、傷は深くトラウマは大きかったということでしょう。あらためて思い出し、言葉にすることでまた傷つく被害者たち。事件が明るみに出ると、家族を巻き込み、好奇の目にさらされます。
日本でも同じような問題があったことを知りました。幼い子どもに「人を信じるな」と教えなければならないとは。有形無形の様々な暴力に立ち向かうには、この映画のようにやはり声をあげること。たとえ小さな声でも、遅くなってもあきらめずに。
2019年の第69回 ベルリン国際映画祭審査員グランプリ(銀熊賞)受賞。2020年のリュミエール賞では最多の5部門にノミネート、セザール賞では7部門8ノミネートされ、今にも折れそうなエマニュエルを演じたスワン・アルローが助演男優賞に輝きました。(白)


本作は最初に声を上げたアレクサンドル、それを知って立ち上がったフランソワ、告発を躊躇うエマニュエルによって話が紡がれる。同じ神父による被害者でも、受け止め方やその後の人生によって苦しみ方が違うことがわかります。
また、苦しむのは本人だけではありません。家族にも大きな影響を及ぼしました。息子に告白されても認めない、重く受け止めて何とかしなければと奔走するなど親の受け止め方はさまざまで、その結果、兄弟間の関係性の亀裂が生じることもありました。フランソワ・オゾン監督は被害者やその家族の心情を丁寧に見つめて描いています。
さらに信仰の問題にも触れています。フランソワは無神論者になりましたが、アレクサンドルは被害を受けてもキリスト教信者として生きてきました。ラストにアレクサンドルは息子からまだ神を信じているかを問われます。フランソワ・オゾン監督がいちばん描きたかったのはこのことだったのではないでしょうか。(堀)


2019年/フランス/カラー/ビスタ/137分
配給:キノフィルムズ
(C)2018-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-MARS FILMS–France 2 CINÉMA–PLAYTIMEPRODUCTION-SCOPE
https://graceofgod-movie.com/
★2020年7月17日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほかロードショー
posted by shiraishi at 00:27| Comment(0) | フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月08日

ブリット=マリーの幸せなひとりだち ( 原題:Britt-Marie var her)

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監督:ツヴァ・ノヴォトニー
原作:フレドリック・バックマン
出演:ペルニラ・アウグスト、ランスロット・ヌベ、ヴェラ・ヴィタリ、ペーター・ハーバー、オッレ・サッリ、アンデシュ・モッスリング

スウェーデンに住む専業主婦ブリット=マリー(ペルニラ・アウグスト)は、40年にわたって夫を支えてきた。ある日、出張先で夫が倒れたという知らせを受けて病院に駆けつけると、長年の愛人が付き添っていた。家を出たブリット=マリーは、これまでほとんど働いたことがなかったが、小さな町でユースセンターの管理人兼子供たちのサッカーチームのコーチの仕事に就く。

2016年に公開されたスウェーデン映画『幸せなひとりぼっち』に魅了された映画ファンは多いだろう。同じ原作者による小説「ブリット=マリーはここにいた」(原題)の映画化である本作は、”おじいさん”を主役とした前作の女性版…ではない。ノスタルジックな場面に多く割かれていた前作と違い、63歳・専業主婦40年の主人公は未来に向かって歩み出す。強い意思を示した原題は、本作の内容を巧みに表現している。

税金の高いスウェーデンでは滅多に成立することがないという”専業主婦”。ブリット=マリーの40年間変わらないルーティンを示す冒頭場面の描写が圧倒的に面白い!朝6時に起床、朝食後に夫を送り出す。整然と並べられたカトラリー。「物は在ったところに仕舞うものよ。家は誰が見ても美しいものでなければ」と哲学を独白しながら家事をこなすブリット=マリーの動きには無駄がない。
夕食はきっかり6時、夫もそれに合わせて帰宅するが、彼が何より優先するのはサッカー。人生の一部といより”全て”なのだ。こうした極めてルーティン化した生活が、「誰かが家具を動かしたら何かが出てきちゃった」ように劇的な変化を迎える事態が起こる。

そんな時も、家事をこなす調子と同様に顔色一つ変えず、決然とした行動に出るブリット=マリー。観客は一気に主人公へ肩入れをしたくなる。ここまで約10分程の淡々とした流れを作り出す女優出身監督ツヴァ・ノヴォトニーの演出は抜群だ。冒頭の丁寧な描写を漏らさず観ていた観客は、中盤以降ブリット=マリーに押し寄せる怒涛の人生に俄然興味を引かれるに違いない。
主演のペルニラ・アウグストは、『愛の風景』や『スター・ウォーズ』のスカイウォーカー母で知られるスウェーデンの国民的女優。男優は英国、女優はスウェーデンに限る!という私見を持つ身としては、アウグストの非の打ち所がない名演を堪能できたことが幸せだった。
シンプルな北欧家具、街並みの整然さが、一気に混沌へと変わる様も興味深い秀作である。(幸)


(幸)さんがブリット=マリーが家を出るまでにスポットをあてているので、私はその先を。
ブリット=マリーはずっと専業主婦をしてきたので、家を出ると収入がありません。しかも63歳。しかし、夫の自宅での楽しみがサッカー観戦だったことをブリット=マリー「人生の大半をサッカーに費やした」と表現したのを職安の職員が勘違いをしてくれて、都会から離れた小さな村のユースセンターの管理人兼弱小サッカーチームのコーチになれました。苦痛だった夫のサッカー好きに助けられる。人生どこで何が幸いするかわかりません。
サッカーは素人ですが、持ち前の家事能力で荒れ放題だったユースセンターをきれいに片付け、子どもたちや村の人と馴染んでいきます。そこにちょっとしたラブロマンスも生まれ、ブリット=マリーは表情が和らぎ、きれいになっていきます。その辺りの微妙な変化をペルニラ・アウグストは繊細に表現しました。(幸)さんが「女優はスウェーデンに限る」というのも納得です。
そこに心を入れ直した夫が登場。帰ってきてほしいと訴えます。しかもユースセンターの取り壊しが決まり、サッカーチームも解散の危機に追い込まれます。果たしてブリット=マリーはどんな選択をするでしょうか。
本作はいくつになっても自分のために生きることができると背中を押してくれます。(堀)


ブリット=マリーにとっては、家事をきっちりこなすことこそ主婦の務めと信じて暮らしてきたのですが、この隙のなさと愛想のなさに、夫が愛人に心のよりどころを求めてしまったのも仕方ないなぁ~と、ちょっと同情してしまいます。
それはさておき、予告編を観た時に、明らかに肌の色の違う子どもたちが出ているのに興味を惹かれ、映画を観てみました。
仕事を紹介されて、たどり着いた小さな村ボリ。まず立ち寄ったお店の主が中東風。ユースセンターのサッカーチームの子どもたちの多くもアフリカや中東風の顔立ち。スウェーデンでは、2017年の時点で、総人口の17%が移民。スウェーデン生まれの2世なども加えると、人口の4分の1がスウェーデン以外にルーツがあるそうです。『幸せなひとりぼっち』でも、隣人にイラン人の女性が出てきました。本作でも、いろんなルーツの人たちが、共に暮らしている姿になごまされました。税金の高いスウェーデンですが、その税金で収入の少ない移民の人たちも恩恵を受けているのがみてとれて、嬉しくもありました。(咲)


2018年製作/97分/G/スウェーデン
配給:松竹
(C)AB Svensk Filmindustri, All rights reserved
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/bm/
★7月17日(金)より新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国で順次公開★
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悪人伝(原題:The Gangster, the Cop, the Devil)

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監督・脚本:イ・ウォンテ
撮影:パク・セスン
音楽:チョ・ヨンウク
出演:マ・ドンソク(チャン・ドンス)、キム・ムヨル(チョン刑事)、キム・ソンギュ、ユ・スンモク

ヤクザの組長チャン・ドンスが、ある夜何者かにめった刺しにされたが一命を取りとめた。逆らう者に容赦のないドンスは、対立組織の仕業に違いないと部下に探らせる。警察ではみ出し者ののチョン刑事は、まだ誰も結びつけていない連続無差別殺人の手口と似ているのに気づく。上司に無許可で、手がかりを求め執拗にドンスにつきまとうチョン刑事。双方譲らず、互いに競うように犯人捜しをするが、いったん手を組んで犯人を追うことになった。

韓国映画はいつも痛いシーンが多いのですが、この作品は輪をかけて痛い!!韓国初登場1位でバイオレンス・アクションとしては異例の大ヒットだったとか。『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016)で男気のある乗客を演じて人気が沸騰したマ・ドンソクが、貫禄たっぷりのヤクザの組長役。いかにもなダブルの背広を着こなして、身体も(たぶん心持も)なんだか一回り大きくなったように見えます。連続殺人犯にめった刺しにされる組長ですが、あの体格、筋肉がナイフを内臓まで届かせなかったに違いありません。この人は悪役をやってもどこか可愛いところがほの見えて、ファンが”マブリー(マ+ラブリー)”と”呼ぶのも納得です。マーベルの映画『エターナルズ』のヒーローの一人として出演(2021年公開予定)します。18歳でアメリカに移住した韓国系アメリカ人なので、言葉に不自由はないのでしょう。
マーク・ウォルバーグを若くしたようなキム・ムヨルも、ドンソク兄貴に負けずに身体を張ったアクションを見せました。目をひかれたのは不気味な殺人犯役のキム・ソンギュ。ほかの出演作も観たくなります。きっと別の表情を見せるはず。本作はアメリカでリメイクされるとか。スタローン制作ですが、誰が主演するのかな?(白)


厳つい風貌だけれど心根は優しい役どころが続いたマ・ドンソク。本作では久しぶりに本格的なワルを演じます。
自分を襲った相手を絶対に許さないとばかりに、自分の組の若い連中を使い、総力を挙げて犯人捜し。敵対するグループに対しては冷酷ともいえる仕打ちをします。しかし、一般人に対してはさりげない優しさを見せるあたりは『FLU 運命の36時間』とは違うかも。死んでも死なない?マ・ドンソクをたっぷり堪能できる作品です。(堀)


マブリー筆頭に男気たっぷりの『悪人伝』ですが、その中で、紅一点、私が注目したのが警察の鑑識係を演じているキム・ギュリさん。今、BSイレブンで放映中のドラマ「パーフェクトカップル」で、子育てそっちのけで金遣いが荒く、離婚をつきつけられた我がまま女を演じていて、それが地のようで絶品。『悪人伝』では出番は少しだけど、ちゃんとチャ・ソジンという名前もついてます。はつらつとした鑑識係。映画の最後に、主な出演者の写真と名前が出るのですが、女性はキム・ギュリさん一人です。(咲)

2019年/韓国/カラー/シネスコ/110分
配給:クロックワークス
(C)2019 KIWI MEDIA GROUP. ALL RIGHTS RESERVED
http://klockworx-asia.com/akuninden/
★2020年7月17日(金)ロードショー


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リトル・ジョー ( 原題:Little Joe)

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監督:ジェシカ・ハウスナー(『ルルドの泉で』)
音楽:伊藤貞司
出演:エミリー・ビーチャム、ベン・ウィショー、ケリー・フォックス、キット・コナー

シングルマザーの研究者アリス(エミリー・ビーチャム)は、幸せになる香りのする新種の植物リトル・ジョーを開発するが、仕事にのめり込むあまり息子のジョーと向き合っていないことに後ろめたさを感じていた。ある日アリスは、リトル・ジョーを植えた鉢を持ち帰り息子にプレゼントする。しかし、花の香りをかいだジョーや、花粉を吸い込んだアリスの助手クリス(ベン・ウィショー)の様子が徐々におかしくなる。

冒頭から響き渡る尺八、箏、笙の音。真上から撮影される化学プラント。植物が居並ぶ無機的な空間。音響、カラフルな絵造りが映画に新鮮な調和を齎らす。"感染"が主題でもある本作は、今まさに鑑賞すべき作品と言える。母性ホルモンを誘発し、放つ香りは人々を幸せにする植物=リトルジョー。「幸せにする」プラントの意匠に温かみがなく、白ベースに青、赤の植物が整然と植えられたデザインはクールな印象である。日本人作曲家、故・伊藤貞司による楽曲は、寧ろ“怪談”を想起させ、時にケチャのようにも聴こえ、不穏な空気を醸し出す。

『ルルドの泉で』で宗教的奇跡と残酷さを演出したオーストリアの女性監督ジェシカ・ハウスナーが初のSFに挑んだ。種子を遺伝子を残せない、生殖させない改良を人工的にほどこした植物。花粉を吸った時に生じる反動を冷徹な話法で描き出す。

家族、同僚、知人、被験者といった集合体で登場する人物に扮する俳優たちは、いたって普通のドラマのように演じているため、事象の異様さが際立つ。エミリー・ビーチャム、ベン・ウィショー、子役のキット・コナーなど英国の演技巧者を集めた中、最も印象深い人物造形を残したのは、ジェーン・カンピオン作『エンジェル・アット・マイ・テーブル』(90)の主演が未だ忘れ難いケリー・フォックスだ。扮する同僚ベラの存在を契機として起こる事件がラストへと繋がる伏線となっており、本作に於ける重要なキーパーソンだろう。
”感染”と立ち向かう現在、多くの示唆を孕んだ問題作だ。(幸)


子どもを産むと女性は誰でも自分の子どもを最優先すると思われています。でも、中にはそれまで築いてきた仕事のキャリアの方が大事だと思ってしまう人もいるでしょう。ただ、それを表に出すと人間失格の烙印を押されてしまう気がして、隠しているのではないでしょうか。

この作品の主人公アリスもその1人、本心は研究に専念したい。正直、息子は研究の足枷。でも息子を見捨てられない。この葛藤を表に出さずに苛まれるアリスをエミリー・ビーチャムが好演。

母親らしさ、女性らしさにとらわれ過ぎず、生きたいように生きることも決して恥ずかしい選択ではないことを作品は伝えてくれます。(堀)


2019/オーストリア・イギリス・ドイツ/105分/カラー/ビスタ/5.1ch/英語
配給:ツイン
(c)COOP99 FILMPRODUKTION GMBH / LITTLE JOE PRODUCTIONS LTD / ESSENTIAL FILMPRODUKTION GMBH / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019
公式サイト: http://littlejoe.jp
★7月17日(金) アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺他にて全国順次ロードショー★
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ライド・ライク・ア・ガール(原題:Ride Like a Girl)

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監督:レイチェル・グリフィス
脚本:アンドリュー・ナイト、エリース・マクレディ
撮影:マーティン・マクグラス
出演:テリーサ・パーマー(ミシェル・ペイン)、サム・ニール(父 パディ・ペイン)、スティービー・ペイン、サリバン・ステイプル

ミシェルは競馬一家のペイン家に10人兄弟の末娘として生まれた。母はミシェルが生後6か月のころに交通事故で亡くなり、以後は父親と兄姉に育てられた。調教師の父のもと、兄姉のほとんどが騎手として活躍している。ミシェルも騎手になることを目標に鍛錬を欠かさず、女性には不利な環境も乗り越えて念願のデビューを果たした。好成績をあげて期待された矢先、落馬で大けがを負ってしまった。復帰を危ぶまれながら、不屈の意思でリハビリに励む。

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オーストラリア競馬では最高賞金のメルボルンカップ。居並ぶ強豪が3200mをわずか数分で駆け抜けます。毎年11月に開かれるこの競馬の日は祝日で、みんなが手に汗を握って見つめるようです。2015年のレースで女性騎手で初めて栄冠を手にしたのが、このミシェル・ペイン。結果を先に言っちゃって申し訳ないのですが、これがわかっていても迫力のレース場面は固唾を飲んで見守ることになります。映画はミシェルがここに至るまでに、どんな挫折と努力があったのかをつぶさに見せてくれます。監督は女優としても活躍中で、これが初長編作品のレイチェル・グリフィス。
ミシェル・ペインを『明日、君がいない』(06)『ベッドタイム・ストーリー』(08)『ハクソー・リッジ』(16)などに出演のテリーサ・パーマー。『ウォーム・ボディーズ』(13)のゾンビのR(ニコラス・ホルト)に惚れられるジュリーも忘れられません。お兄さんスティービーの笑顔が目に留まりましたが、ミシェルの「実のお兄さん」本人でした。(白)


2019年/オーストラリア/カラー/ビスタ/98分/
配給:イオンエンターテイメント
(c)2019 100 to 1 Films Pty Ltd
公式HP  https://ride-like-a-girl.jp
公式Facebook @ridelike.jp  
公式Twitter @ride_like_jp
★2020年7月17日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ 他全国公開
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磯部鉄平監督特集

7月10日(金)~7月23日(木)の2週間、2016~2019年の3年間の磯部鉄平監督の作品を上映します。

会 場:アップリンク吉祥寺
(東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目5-1パルコ地下2階)
 https://joji.uplink.co.jp

上映作品:
『ミは未来のミ』(60分)+短編1本

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高三の上村拓也は秋になっても進路を決めかね、焦りを感じながらもダラダラと過ごしていた。
ある日、仲良しグループの親友・高木が交通事故に遭う。上村は皆で交わした約束を果たすために仲間を集める。

短編『真夜中モラトリアム』(23分)または『そしてまた私たちはのぼってゆく』(34分)、どちらかとの組み合わせで上映。
★7月10日(金)~7月16日(木)19:35—21:11

『予定は未定』(27分)+『オーバーナイトウォーク』(43分)

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40歳を前にして独身の純子はお節介な叔母からお見合いを勧められるがピンとこない。
そんな彼女の元にある日、1枚の紙飛行機が飛んでくる。開いてみると男性の欄だけが埋められた婚姻届だった。

★7月17日(金)~7月23日(木)上映
配給:アルミード
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2020年07月03日

横須賀綺譚

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監督・脚本:大塚信一
撮影:飯岡聖英
出演:小林竜樹(戸田春樹)、しじみ(薮内知華子)、川瀬陽太(川島拓)、長内美那子(静)、湯舟すぴか(絵里)、長屋和彰(梅田)、烏丸せつこ(陽子)

2008年、東京で結婚目前だった春樹と知華子。知華子の父親が要介護になったため、故郷に戻ることになった。
春樹は証券会社に勤めて多忙な生活をおくっており、知華子との生活ではなく東京で仕事を続ける方を選んだのだ。婚約を解消した知華子は友人の絵里と荷物をまとめる。本当に別れるのかと聞く絵里に「いい人だけど、薄情なの」と言って、家を出ていった。
それから9年後。春樹は震災で亡くなったはずの知華子が生きているかもしれない、と絵里から知らされた。春樹は 半信半疑のまま、知華子がいるという横須賀へと向かう。

小説家を目指していた知華子は夥しい数の本を持っていて、最初のシーンでカメラの前に本の山ができます。家を出た後大きな本棚は空っぽになりました。証券マンの春樹は本を持たない人のようです。どんな含みがあるのかなと思った始まりでした。
2011年3月の東日本大震災から今年で9年になります。地震の後にやってきた津波で、太平洋沿岸の地域は大きな被害を受けました。濁流に飲み込まれていく映像を声も出せずに見つめました。さらに追い打ちをかけた福島第1原発のメルトダウン、目に見えない放射能が住人から故郷を取り上げました。辛くて忘れたい人も、だからこそ忘れまいとする人も、日が経つにつれて記憶は薄れていきます。あの惨禍が遠いできごとであった人はなおさらです。
大塚監督は初めて世に送り出す映画の中に「あったことはなかったことにできない」という台詞を入れました。戦中戦後を生き抜いた静(しずか)さんが「忘れるもんか!」と叫ぶ声も耳に残ります。
マスク着用での大塚監督インタビューをいたしました。ただいま書き起こし中。少しお待ちくださいませ。(白)


☆インタビュー記事掲載しました。こちらです。

2019年/日本/カラー/シネスコ/86分
配給:MAP+Cinemago
(C)横須賀綺譚 shinichi Otsuka
https://www.yokosukakitan.com/
★2020年7月11日(土)より新宿K'Sシネマほか順次公開
posted by shiraishi at 22:52| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

グッド・ワイフ(原題:Las niñas bien)

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監督・脚本:アレハンドラ・マルケス・アベヤ
出演:イルセ・サラス(ソフィア)、カサンドラ・シアンゲロッティ(アレハンドラ)、パウリーナ・ガイタン(アナ・パウラ)、ジョアンナ・ムリーヨ(イネス)、フラビオ・メディナ(フェルナンド)

1982年、メキシコシティの高級住宅地ラスロマス。ソフィアは実業家の夫フェルナンド、3人の子どもたちと豪邸に暮らしている。セレブ妻たちのコミュニティで女王のごとく君臨し、そのヘアスタイルやメイク、ドレスもあこがれの的になっている。実は火花を散らしているマダムたちの仲間に入ってきたのは新顔のアナ・パウラ。夫は証券会社を経営し、今最も羽振りがいい。ソフィアは垢抜けないアナに冷ややかな態度を崩さないが、メキシコの経済危機はフェルディナンドの会社もソフィアの暮らしも直撃する。盤石と信じた基盤が危うくなり、カードも小切手も使えなくなったセレブな人々はどうなる?

オープニングはソフィアの誕生日パーティ。肩パッド入りの豪華なドレスを身にまとい、鏡の前でポーズをとる彼女は自信満々です。母親の薦めで結婚した家柄の良いリッチな夫との結婚生活は大当たりで、たくさんの使用人に家を任せ、お洒落と遊びと買い物三昧の毎日。それも夫の階級、地位と収入にかかっています。
これまでなら庶民の目線のコメディ仕立てにして笑い飛ばすところを、アベヤ監督はソフィアを中心に、女性の内面をシリアスに描いて見せました。40年ほど前の女性がどんな立場であったのか、垣間見ることができます。ソフィアの妄想恋人が人気歌手のフリオ・イグレシアスというのが、空虚な心を埋めているようで少し気の毒。(白)


1982年生まれのアレハンドラ・マルケス・アベヤ監督。彼女が、長編2作目となる本作を自分の生まれ育った時代を舞台に描くのにあたって着想を得たのが、敬愛する作家グアダルーペ・ロアエサの小説。グアダルーペ自身が属するメキシコの上流階級の人々の生態をユーモアと辛辣な語りであばき出した物語。映画のスペイン語の原題『Las ninas bien』も、グアダルーペが1985年に出した処女小説のタイトルから取っています。英題は『The Good Girls』ですが、単に良い子(少女)というだけでなく、良家の子女といった階級やお金に結びついたニュアンスがあるそうです。
1980年代頃から、女性たちが男女同権を目指して頑張り、多くの権利を得てきましたが、一方で、金と権力のある夫の妻というステータスに憧れる女性もいまだに存在します。アベヤ監督は、上流階級の女性たちが、男女同権を目指す活動を阻む一因になっているのではないかと危惧しています。夫の倒産ですべてを失ってしまう惨めなソフィアの姿から、夫に頼らず女性も自立すべきと教えられた気がします。(咲)


肩パットがバーンと張った白いワンピースを身につけたソフィアを10枚以上の合わせ鏡が映し出す。ちょっと振り返って勝ち誇ったような笑みを浮かべるソフィアの美しさは完璧! そんな女王のようなソフィアが転げ落ちていく姿を作品はシビアに描いています。

いい妻とはどんな妻? 料理が上手で、家の中はいつもきれいに整えられ、贅沢をせずに家計をうまく切り盛りする。一般的にはこんなところでしょうか。
本作に出てくる人々は庶民とはかけ離れた世界に住んでいます。妻は料理を作らず、掃除もしない。それは使用人たちの仕事。確かにお金があれば代替可能。買い物三昧、テニス三昧でストレスもなく美しい妻でいることは他の人には代替できません。そんな妻が家にいることで夫は仕事に邁進します。
男が働き、女が家庭を守る。舞台となった1982年頃、日本もこの認識で家庭は成り立っていました。
1986年に男女雇用機会均等法か施行され、女性も男性と同じように働けるようになりました。それからもうすぐ40年。施行直後は形ばかりでしたが(ちょうど私が就職したころです)、今は女性も男性と同じように働けるようになってきています。しかし、家事労働は女性メインの意識はなかなか変わらない。仕事と家庭で疲れた女性の憧れがこの作品に出てくるような専業主婦だと結婚後も仕事を続ける娘が言っています。
男性に依存する生き方は宝くじを買うようなもの。ソフィアが転げ落ちたようにパウラもいつ転げ落ちるかわかりません。自分の力で生きていく術を持つことの大切さを是非この作品から感じ取ってほしいと(術を持たなかった母は)思います。(堀)


2018年/メキシコ/カラー/シネスコ/100分
配給:ミモザフィルムズ
(C)D.R. ESTEBAN CORP S.A. DE C.V. , MEXICO 2018
http://goodwife-movie.com/
★2020年7月10 日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー



posted by shiraishi at 21:23| Comment(0) | メキシコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もち

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監督・脚本:小松真弓
撮影:広川泰士
出演:佐藤由奈(ユナ)、蓬田稔(お爺ちゃん)、佐藤詩萌(シホ)、佐々木俊(タツ兄)、畠山育王(先生)

岩手県一関市本寺地区。中学3年生のユナのお祖母ちゃんが亡くなった。
葬儀の日は餅つきをしてみんなで食べるのがこの地区の習慣だが、最近は電動餅つき機にとって代わっている。お爺ちゃんは昔ながらの臼と杵を使った餅つきにしたいと譲らない。ユナは簡単なほうがいいのに、と思いながらもお爺ちゃんにとって大事なことなのだろうとそばにいる。
ユナの中学校はユナたちが卒業した後、廃校になることが決まっている。お祖母ちゃんが亡くなり、学校が無くなり、友達もみんな離れていくだろう。「いつか思い出せなくなる」とユナは不安だ。

ユナの住んでいる本寺地区は中世の昔、骨寺村荘園があったところ。今も営々と農業が続けられ、「陸奥国骨寺絵図」(重要文化財/中尊寺蔵)の面影をとどめているそうです。身体と心が大きく成長する思春期のユナは、不安や疑問を抱えています。変わらないように見えた周囲でも少しずつ変化はあり、思い出は積み重なって更新されていきます。
それでも意識して「忘れない」ように大切にするものもあります。なぜそうしなくてはいけないのか?ユナと一緒にものを真っすぐに見て、感じてみてください。登場する役者さんは演技経験のない、そこの住民の方々です。伝統の神楽を練習する子どもたちが真剣で、ユナが凛々しいです。小松監督・脚本のドラマですがドキュメンタリーかと思うほどリアルなのは、小松監督の丁寧な取材と自然な反応を引き出す演出力のたまもの。あなたが忘れたくないものは何ですか?(白)


タイトルはシンプルに「もち」。こだわりは「臼と杵で餅をつくこと」。でも、個人の家で餅をつく文化は日本ではだんだん薄れてしまった。この一関の本寺地区では葬儀の時に餅つきをして、出席した人たちで餅を食べるのが習慣らしい。「葬儀でもち」というのが珍しいと思い、「臼で杵でついた餅にこだわる」というところで我が家の餅つきを思い出した。
日本では正月に餅を食べる習慣が多いけど、我が家でも年末の12月30日に餅つきをしていた。かれこれ30年、1980年頃までは年末になると餅米をかまどでふかして臼と杵で餅をついていた。それもこれも、父が臼と杵で餅をつくことにこだわっていたから。官舎に住んでいた1975年頃までは木の臼、木の杵を使っていた。そのうち、この木の臼と杵が古くなって使えなくなってからは、散々探し回って石臼と木の杵にした。そしてかまども新しくした。あの頃、薪を集めるのにも苦労はなかったし、官舎にいた周りの人たちも餅つきがめずらしくて、餅つきの時にはみんな集まってきて、つきたての餅を餡や黄粉、大根おろしで絡め餅にして、みんなで一緒に食べた。懐かしい思い出。3,4日前から小豆を煮て餡を作る準備をしていた。
自宅を建て郊外へ引越ししたのは1977年頃。その頃には近所迷惑になるから薪を燃やすことができないかと思ったけれど、年1回のことなので近所に前日挨拶に回って「明日、餅をつくので」と断って、薪を使って餅米を外で蒸かし餅をつきをした。小さい頃は父と母で餅つきをしていたけど、私も中学生頃には餅つきを手伝うようになり、杵で餅をつく力仕事を担うようになった。そして、父が60歳をすぎた頃にはさすがに体力的に厳しくなり餅つきはやめた。
昭和30年代、地方ならともかく都内の個人の家で餅つきをするというのは珍しかったけど、今や地方でも神社やイベント以外で餅つきをするのはほとんどなくなり電動の餅つき機に変わってしまっている。この映画を観てそんなことを思い出し、時代の流れ、文化の伝承、こだわり、忘れたくない思い出などを考えた(暁)。


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初日舞台挨拶 小松真弓監督、及川プロデューサー


2019年/日本/カラー/61分
配給:フィルムランド
(C)TABITOFILMS・マガジンハウス
http://mochi-movie.com/
★2020年7月4日(土)ユーロスペースほかにてロードショー
posted by shiraishi at 20:47| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月01日

WAVES/ウェイブス 原題:WAVES

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監督・脚本:トレイ・エドワード・シュルツ
作曲:トレント・レズナー、アッティカス・ロス

出演:ケルヴィン・ハリソン・Jr、テイラー・ラッセル、スターリング・K・ブラウン、レネー・エリス・ゴールズベリー、ルーカス・ヘッジズ、アレクサ・デミー

フロリダで高校生活を送るレスリング部のタイラーはスター選手で、成績も良く、美人の恋人もいた。厳格な父親と多少の距離はあるが、満ち足りた毎日を過ごしていたある日、タイラーは肩を負傷してしまう。医師は大事な試合に出場することを許さず、さらに恋人の妊娠が発覚して順調だった人生が狂い始める。

『ルーム』『ムーンライト』『ミッドサマー』といった多くの秀作・話題作を放ってきたスタジオ「A24」発の新作だけに、脚本・監督のトレイ・エドワード・シュルツは自由な表現を極めている。脚本段階から31の楽曲と映像世界が脳内でシンクロし、車のエンジン音、波音、ほぼ全ての生活音までがシュルツ監督の中では構築済みだったのだろう。

映像構成も斬新だ。例えば、主人公が絶望する場面ではスクリーンの画角までが縮こまり、心象を描出する。細心のライティング、鮮やかな色彩感覚にも目を奪われる。

映像、楽曲センスともに新鮮さは感じさせるものの、二部構成の前半、高圧的・強権性を発動する父とプレッシャーに押し潰される息子の関係は、些か既視感があり、新鮮な題材とは言えない。

心惹かれたのは、前半から1年後、妹を主人公とした物語のほうだ。少女の内省にフランク・オーシャンの楽曲が寄り添う。
平静な高校生活を装いながら、兄の出来事は家族に影を落としている。塞いでいた少女の前に現れたのはルーカス・ヘッジズ扮する同級生。
「君は綺麗だね」
心を閉ざす少女には、自己肯定感を齎す言葉が必要だったのだ。素直に好意を寄せる誠実な少年をルーカス・ヘッジズが自然体で演じ、素晴らしい印象を残す。ルーカス・ヘッジズは既に多くの作品で主役・準主役を演じてきたのに、何故こうもメディア擦れした顔にならないのだろう。常に新味を保つ俳優としての力量は見事である。

後半、2人の俳優の存在により、映画がPVに陥る危険性を防いだと言えよう。(幸)


製作国/アメリカ/2019/ カラー/ビスタサイズ/135分
配給:ファントム・フィルム
(C) 2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
公式サイト:https://www.phantom-film.com/waves-movie/
★7月10日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開★
posted by yukie at 12:23| Comment(0) | アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする