2020年06月20日
ハニーランド 永遠の谷 原題:Honeyland
監督:リューボ・ステファノフ、タマラ・コテフスカ
プロデューサー/編集:アナタス・ゲオルギエフ
撮影:フェルミ・ダウト、サミル・リュマ
サウンドデザイナー:ラナ・エイド
字幕:林かんな
バルカン半島、北マケドニアの首都スコピエから20キロほど離れた、道路も電気も水道も通じていない山間の村。ハティツェ・ムラトヴァは、盲目で麻痺のある年老いた母親と暮らしている。彼女はヨーロッパ最後の自然養蜂家。時折、20キロ離れた町の市場に蜂蜜を売りにいくのが、唯一他者と接する機会だ。
静寂な暮らしは、ある日突然壊される。音を立てトレーラーでやって来たのはトルコ人一家。7人の子供に牛や羊たち。やがて蜜蜂が全滅してしまう・・・
北マケドニアから届いた珠玉のドキュメンタリー。タマラ・コテフスカ(左)がリューボ・ステファノフと共に作った長編デビュー作。
ギリシャの北に位置するこの国は、かつてはユーゴスラビア、その前にはオスマン帝国に属し、多様な民族が共に暮らしてきたところ。ハティツェの住む村にも、かつてアルバニア人やトルコ人が住んでいたことが語られていました。
ハティツェは古代トルコ語を話しています。越して来たムスリムのトルコ人一家の言葉とはちょっと違うようです。
隣人となったトルコ人の少年を眺めながら、自分にも子供がいたならとつぶやくハティツェ。母親に「求婚に来た人を父はなぜ断ったの?」と尋ねる場面には、じ~んとさせられました。決して、結婚が幸せだとは思わないけれど!
「半分はわたしに、半分はあなたに」という信条が、持続可能な生活と自然を守ってきたことに、私たちも学びたいと思いました。(咲)
この作品はハティツェが自然養蜂家として生活している様子を映し出したドキュメンタリー作品です。しかし、隣にトルコ人一家が引っ越してきて、ハティツェの真似をして蜂蜜の販売を始め、欲をかいたばかりに蜜蜂を全滅させてしまう展開は起承転結が見事で、しっかり練られた脚本があるよう。いえ、見ているうちにドキュメンタリー作品であることをすっかり忘れていました。まさに「事実は小説より奇なり」です。
蜜蜂は全滅してしまいましたが、ハティツェはまだまだそこで生きていかねばなりません。ラストに希望が見えたような気がしましたが、果たして今、ハティツェはどこでどんな生活をしているのでしょうか。幸せであってほしいです。(堀)
自然と共存しながら生きていくこと。そこに住んでいる人にとっては昔から引き継いできた人たちからの知恵であり教え。あとに続く人たちへの贈り物でもある。この蜂蜜もそれで保たれてきたのに、一時の自分たちの欲のために採りきってしまったら後が続かない。それは動物でも植物でも、全部採りきらず、後の人のために残しておくということがそこで生きていく人たちの暗黙のルールで人々の営みは続いてきた。
それなのにあとから引っ越してきた一家は、そのルールを無視して、そこの地の蜂蜜を根こそぎ採ってしまって、蜜蜂がいなくなったら別の地を目指して出ていった。そういうことの繰り返しで生きていくのだろうか。撮っていた監督たちもこういう展開になるとは思わず3年近くカメラをまわしていたのでしょうけど、これがドキュメンタリーであるというのがすごい。それにしても、こんなに周りに住む人がいない緑が少ない土地でハティツェは生きていけるのか。これまでは母がいたからここにいたけど、一人になってしまってここでは一人でやってはいけないだろうな(暁)。
2019年/北マケドニア/トルコ語・マケドニア語・セルビアクロアチア語/86分/1.85:1
配給:オンリー・ハーツ
(C)2019, Trice Films & Apollo Media
公式サイト:http://honeyland.onlyhearts.co.jp/
★2020年6月26 日(金)よりアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
水曜日が消えた
監督・脚本・VFX:吉野耕平
音楽:林祐介
製作:沢桂一、新井重人
出演:中村倫也、石橋菜津美、中島歩、休日課長、深川麻衣、きたろう
幼少期の交通事故が原因で、曜日ごとに7人の人格が入れ替わる青年は、思考や性格はバラバラだが、各曜日の名前で呼び合いながら平穏な毎日を過ごしていた。その中でも地味な火曜日(中村倫也)は、ほかの曜日から家の掃除、荷物の受け取り、通院といった面倒な用事を押し付けられていた。ある日の朝、目を覚ました火曜日が水曜日がいなくなっていることに気づく。火曜日は、見慣れないテレビ番組などに戸惑いながらも水曜日を満喫する。
以前からカメレオンのように役の表情を変える俳優だと評価していたが本作に於ける中村倫也は凄い!1人7役だけでも想像を絶する難関なのに、7人の中で最も個性が薄く地味な「火曜日」を主人公とした難役を熟すのだ。
「水曜日」がいなくなったことで、「火曜日」は初めて「水曜日」の世界を体験する。その新鮮さと喜びと混沌…。複雑な心情を汗をかく熱演ではなく軽やかに演じ分ける中村倫也は絶品だ。
名演を引き出した監督の吉野耕平は、CMやMVなどで高評価を得てきた実績のある人だけに、デビュー作にしては編集のテンポがよく、丁寧な絵造りが美しい。
吉野監督が自ら手掛けた主題歌「Alba」(須田景凪)のMVにも卓抜な映像センスがうかがわれる。本編と併せて観ると監督の描こうとしていた世界が理解でき、興味深いだろう。(幸)
中村倫也が7曜日分の人格を演じ分けるのが見どころだと思って見ると、拍子抜けするかもしれません。基本的には火曜日の僕で話は展開します。
少年時代の事故はなぜ起きたのか。いつも助けてくれる幼馴染みの女性は何を知っているのか。定期的に通う病院は意味があるのか。分からないことばかりの物語はとってもミステリアス。その中でいちばん地味といわれる火曜日を中村倫也が演じることで、物語にほわっとした温かみを残しました。
すべてがわかった上で火曜日が選択した未来は意外性たっぷりですが、それもありかなと思えるのも中村倫也がなせる業。自粛期間中に始めたYouTube「中村さんちの自宅から」はまだ更新が続き、秋には主演作『人数の町』が控え、その後も出演作が上映される予定。しばらく目が離せそうにありません。(堀)
2020年製作/104分/G/日本
配給:日活
(C) 2020『水曜日が消えた』製作委員会
公式サイト:http://wednesday-movie.jp/
★6月19日より全国公開★