2020年06月15日
ワイルド・ローズ ( 原題:WILD ROSE )
監督:トム・ハーパー 脚本:ニコール・テイラー
出演:ジェシー・バックリー 、ジュリー・ウォルターズ、ソフィー・オコネドー
カリスマ的な歌声を持つシングルマザーのローズは、故郷のスコットランドからアメリカに渡り、歌手としての成功を夢みていた。だが不器用にしか生きられない彼女は、夢を追い求めるあまり、時に愛する母親や幼い二人の子供達を傷つけてしまう。
夢と家族の狭間で苦しみ、若く才能のピークを迎え焦燥感に駆られるローズにチャンスが訪れる。老いた母と幼い子供たちとのささやかな幸福に包まれた暮らしか、夢を掴んでスターの座を追い求めるのか。葛藤する彼女がたどり着いた答えとは?葛藤の末に書き下ろした初のオリジナルソング。ローズの魂のステージの幕が上がる。
ある事件が起こる映画の中盤から、もう泣き通し!そしてラスト、主人公のローズリンが歌う場面では号泣してしまった…。近年これほど感情を揺さぶられる映画はない。
前科持ちシングルマザーの、”夢を叶える”という公式モデルを逸脱し、安直な予定調和を避けた脚本の巧さと、演者陣の絶妙なアンサンブル!登場人物一人ひとりの心情が脇役や子役に至るまできめ細かく描出されているのだ。
加えてグラスゴー独特の地方性が画面を横溢する魅力。英国労働者階級ものには名作が多いが、本作もその系譜に連なろう。母娘3代の確執、労働者階級出身なのに起業して成り上がった新富裕層の欺瞞・偽善…。登場人物一人ひとりを主役にして更ににドラマが描けるくらい丁寧に造形され、また演者陣も脚本・監督の期待に応える絶品演技を披露している。
『ジュディ 虹の彼方に』の脇で光っていたジェシー・バックリーが、これほど歌が上手いとは!ウェスタンブーツにカントリーシャツを着こみ、
「私はトランスジェンダーみたいなもんだよ。心はアメリカ人でナッシュビルにいるはずが、ここ(英国)に居る」
と語るさまは、女優ではなくローズリンそのものにしか見えない。母役のジュリー・ウォルターズは、娘の夢と孫たちを含む現実生活との折合いに葛藤する。『リトル・ダンサー』を凌ぐ名演だろう。
正攻法に見える撮影も、ローズリンが掃除人として働いていた豪邸のパーティを一瞬だけ空撮することにより、この世界と訣別するのだ、という展開を冷徹に表現する。地味な一瞬のディテールに真実を語らせる演出法に感動した。
ローズリンが魂を込めた歌唱、「私はナッシュビルの人間じゃなくてグラスゴー イエロー・ブリックロード道はないけれど故郷が1番」
と歌い上げる場面は観客の共感と涙を誘うに違いない。今年、必見の秀作をお見逃しなく!(幸)
主人公ローズの成長ぶりを取り上げて紹介する記事が多く見かけます。夢を叶えたい、でも子供の世話をしなきゃいけない。その葛藤に苦しみながらも自分なりの答えを出したローズをジェシー・バックリーが見事に演じ切りました。
しかし、私はローズの母やローズを雇っていた豪邸のマダムに共感しました。すべきことをきちんとして、真っ当に生きています。そしてローズを応援する。その心の裏には、常識に囚われず、やりたいことに向かってなりふり構わず突き進むローズへの羨望があったように思います。自分をローズにすり替え、ローズが夢を叶えることで自分も夢を叶えた気分を味わおうとしていたのではないでしょう。そのことに気づいたことで2人は自分の人生が少し変わって見えてきたはず。私も自分の人生を生きなきゃというエールを作品からもらいました。(堀)
2018/カラー/5.1ch/イギリス/スコープ/102分/PG-12
配給:ショウゲート
© Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018
公式サイト:https://cinerack.jp/wildrose/
★ 6月26日 (金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開 ★