2020年02月10日

名もなき生涯 英題:A HIDDEN LIFE

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監督・脚本:テレンス・マリック
製作:グラント・ヒルダリオ・ベルゲジオ
撮影監督:イェルク・ヴィトマー
美術:ゼバスティアン・クラヴィンケル
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
衣装:リジー・クリストル
出演:アウグスト・ディール 、ヴァレリー・パフナー、マリア・シモン、ブルーノ・ガンツ、マティアス・スーナールツ

ナチス・ドイツに支配されたオーストリアの山あいの村で、農民のフランツ(アウグスト・ディール)は、妻のファニ(ヴァレリー・パフナー)と娘たちと一緒に暮らしていた。あるとき召集されたフランツは、ヒトラーへの服従を拒絶し収監されてしまう。ファニはフランツを手紙で励ますが、彼女に対する風当たりも強くなる。

テレンス・マリック、76歳。映像に拘る監督だ。とりわけ”光”の捉え方、追い求めようには人かたならぬ思い入れを感じる。
マサチューセッツ工科大学、仏在住時に哲学の教鞭を執っていたこともあり、時として映画が観念的な方向へ向かう傾向も観られた。が、本作は実在の人物を描くだけに、具象性と詩情溢れるマリック的話法の程よいバランスを湛えた秀作に仕上がっている。

徹底した自然光撮影は、主人公一家が暮らす雲上の村、山肌、さやぐ草木、農場、家畜牧舎、果樹園や教会などを滑らかに照らし出す。曲折した山道を遊び廻る子どもたちを追うステディカムカメラ。静と動の緩急が生むリズム感。
おそらく長回し撮影によって、俳優たちはカメラを意識せず自然な動きで溶け込んだ姿をテンポの良いカット編集で繋ぐ。

家屋内、酒場、監獄なども光源は窓・開口部から刺す太陽光だけ。いきおい逆光スモークになる独特な絵柄に魅せられてしまう。
”ヌケがいい”とは日本語独特の表現だろうが、映像が放つ透明感とでも言うべきか·····。画面から空気が流れて来るような爽快さだ。

響く鐘の音、木々のさやぎ、鳥や牛、羊の鳴き声、農具の音、畑の草刈りといった環境音に、マリック特有の俳優による独白が重なり、静かに劇伴が織り込む時、観客は視覚聴覚とも作品世界に呑み込まれて行く。

主人公一家が暮らした村は、ヒトラーが生まれ育った街と同じ州だそう。総統時代をエヴァ・ブラウンと過ごした山荘からもほど近い。画面には登場しないヒトラーが影のように、主人公フランツの透徹した眼差しから見え隠れする。

今は巡礼の地となっているフランツたちが暮らした家、周辺の森は雲上に輝く神の視座を得たかのように映し出される。3人の娘たちは今でも地元近くに暮らし、妻は100歳まで生きたという。

神父や司祭までが、「口だけでいい。書類に署名さえすれば...」とフランツに偽りの忠誠を求め、説得したにも係わらず、自らの意思を通した揺るぎない魂が、今も雲上の村を彷徨しているようだ。(幸)


配給:20世紀フォックス/ ディズニー
2019/アメリカ・ドイツ合作カラー/175分
(C) 2019 Twentieth Century Fox
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/namonaki-shogai/
★2月21日(金)より全国公開★
posted by yukie at 12:30| Comment(3) | アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミッドサマー       原題:MIDSOMMAR

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脚本・監督:アリ・アスター
出演:フローレンス・ピュー、ジャック・レイナー、ウィル・ポールター、ヴョルン・アンドレセン

 思いがけない事故で家族を亡くした大学生のダニー(フローレンス・ピュー)は、人里離れた土地で90年に1度行われる祝祭に参加するため、恋人や友人ら5人でスウェーデンに行く。太陽が沈まない村では色とりどりの花が咲き誇り、明るく歌い踊る村人たちはとても親切でまるで楽園のように見えた。

『ヘレディタリー 継承』で圧倒的な力量を見せつけた若き異才アリ・アスター監督が、前作を超える今年一番の衝撃作を差し出した!
芸術的先鋭性を帯び、単なる冒険譚の域を凌駕したスケール感を備えた本作をジャンル分けすることは避けねばなるまい。今まで見たことのない世界観が提示されているのだ。

主訴はシャーマニズムである。入口は分かりやすい。スウェーデンの村で開かれる夏至祭(ミッドサマー)を舞台とし、90年に一度の祝祭が催される。一日中太陽が沈まない白夜が続く中、米国から文化人類学を学ぶ学生たちを案内人に、アスター監督は観客を儀式の只中へと誘う。

集う人々は金髪碧眼のスカンジナビア系美男美女。白い衣裳に色鮮やかな花々を纏う姿は、さながらフラワーチルドレンのような趣きだ。アスター監督が意図して選んだのか、彼らは眼の光に”文明の色”がない。プリミティブでメディア擦れしていない顔立ちが特徴の信者たち。

眩い光の下、胸踊る祝祭が次第に不穏な空気を醸成し、驚愕の事態に進む流れには澱みがない。あらためてアスターの精緻さが際立つ構成、トリッキーな編集の妙に感嘆する。

なぜ「村や祝祭の内容を口外することは禁じられている」のか?
キリスト教伝来以前より村に伝わる宗教儀式、民間伝承について、現代人の価値観から是非を問うことは出来ない。
木下惠介、今村昌平両監督の『楢山節考』を想起させる場面があった。予感的中!アスターは今村昌平作『神々の深き欲望』を本作の参考にしたという。是非この3作品も同時に鑑賞することをお奨めしたい。

本作の魅力を語り尽くせないが、これだけは言わせてほしい。ヴィスコンティ作『ベニスに死す』の美少年ヴョルン・アンドレセンの出演場面を見逃さないで!(幸) 


 配給:ファントム・フィルム
アメリカ/ビスタサイズ/2019/147分/R15+
(C) 2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.
公式サイト:https://www.phantom-film.com/midsommar/sp/
★2月21日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開★

posted by yukie at 12:27| Comment(0) | アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする