2020年01月07日
東京パラリンピック 愛と栄光の祭典
監督・脚本・撮影:渡辺公夫
音楽:團伊玖磨
製作:上原明
解説:宇野重吉
「パラリンピック」という名称が初めて使われた、1964年の東京パラリンピック大会の模様を収めた記録映画。1964年、東京オリンピックが終わり、街が落ち着きを取り戻したはじめたころ、「国際身体障害者スポーツ大会」が開幕する。この大会の第1部は、下半身麻痺のため車椅子で生活する競技者を対象にしたもので、これが「東京パラリンピック」の愛称で呼ばれる。大会開催にあわせて集められた日本人の参加者たちが、海外の選手たちとの交流を通じて、競技経験や社会保障制度の違いを見せ付けられながらも、スポーツによって社会復帰への意識や希望を強めていく様子が映し出されていく。1965年に製作・公開。2020年東京オリンピックおよびパラリンピックの開催を控えた19年、デジタル修復版が劇場公開。
1964年の東京オリンピックが閉幕した後、車椅子生活を送る下半身まひの競技者を対象にした「国際身体障がい者スポーツ大会」が開催される。後にパラリンピックという愛称で呼ばれることになるこの大会に参加するため、更生指導所では病気や交通事故などにより車椅子を使う人々がスポーツに励んでいた。開催が近づき、彼らは世界各国から集まった同じ境遇の選手たちと交流を重ねる。
浅薄にも1964年の東京オリンピックで、”パラリンピック”という名称が初めて使われたことを知らなかった。オリンピックと相次いで開催されたのも東京が初なのだ。障害者スポーツの黎明期を映し出した記録映画が劇場公開されるのは、2020年開催の東京パラリンピックを前に貴重な機会と言える。
映画は東京オリンピックの看板や垂れ幕、万国旗が引き下ろされる場面から始まる。華やかな祭典の残響が鳴り響き、暫し静寂の後で広がるタイトルバック…。パラリンピックがひっそりと開催された様子を暗喩する見事な幕開けだ。
’60年代当時は戦争で負傷した人々がおり、労働災害、交通事故による怪我人が多発した時代だった。中でも脊髄損傷患者のように意識は清明でも下半身が不自由になった人たちのバランス回復に、とスポーツが奨励されるようになった。患者の自信や誇りの回復、失われたものより残った上半身を活かそうという発想だ。
因みに、パラリンピックとは「パラプレジア(下半身不随)」とオリンピックをかけた造語である。
様々な症例が示される。結婚式直前に駅の階段で男性とぶつかり、転落して下半身不随になった若い女性。結婚は自ら解消したという。戦争時、気付いたら米国の野戦病院にいたと語る男性。産褥熱で下半身不随となるも、子どもの笑い声が聞きたくて訓練を始めた母親。彼らが明るい笑顔で槍投げ、卓球、アーチェリーに励む様子は胸を熱くする。
この母親と、競技を応援する子どもたちの心配気な、時に喜ぶ表情が繰り返しアップで映し出されるのは、脚本・撮影・編集も兼ねた監督の意図が反映しているのだろう。
初めて治療にスポーツを取り入れた英国の病院で脊髄損傷センター所長を務めるルードヴィッヒ・グッドマン博士も登場する。最初は英国人だけの競技会だったが、’52年から国際的に開催され、12年後の東京パラリンピック。主催者たちの慧眼が分かる逸話だ。開催は決まったものの資金難のため歌声喫茶で募金活動をしていたとは涙ぐましい奮闘ぶりが伝わる。
当時の皇太子、皇太子妃(美しい!)臨席の開会式では、車椅子の選手たちと握手し、気さくに話しかけるご夫妻印象的だ。
土埃のグラウンド、バリアフリー設備が整備されない中、人力で選手たちを抱きかかえるボランティア。割烹着姿で掃除する婦人会、宿舎で歌いながら酒宴を囲む明るい外国人選手団。彼らと交流し、海外との社会福祉制度の違いを痛感したと語る日本選手。
多角的な視点から、映画は当時の在りのままの大会を描写する。
競技が始まると、選手たちは国を背負っている意識がないせいか、失敗してもず楽しげだ。出場できたこと自体が嬉しくて堪らないのだろう。気負いのない姿勢に和む。多くの勇気と感動を与えてくれる必見の価値を有すドキュメンタリーだ。(幸)
製作国:日本
配給:KADOKAWA
日本初公開:1965年5月15日
白黒/モノラルリンク/63分
公式サイト:http://cinemakadokawa.jp/tokyopara1964
/2020年1月17日(金)より ユナイデットシネマ豊洲にて公開★
オルジャスの白い馬 英題HORSE THIEVES
監督・脚本:竹葉リサ、エルラン・ヌルムハンベトフ
製作:市山尚三、木ノ内輝、キム・ユリア
撮影:監督アジズ・ジャンバキエフ
音楽:アクマラル・ジカエバ
出演:森山未來、サマル・イェスリャーモワ、マディ・メナイダロフ、ドゥリガ・アクモルダ
少年オルジャスは、カザフスタンの大草原にある小さな家で家族と暮らしていた。ある日、馬飼いの父が市場に出掛けたまま帰ってこなくなる。雷鳴が響きわたる中、警察に呼び出された母は、夫の死を知る。父を失ったオルジャスの前にカイラート(森山未來)という寡黙な男が現れ、乗馬などを通じて彼との距離を縮めていく。
森山未來の海外初主演作。カンヌ国際映画祭最優秀主演女優賞を受賞したカザフスタン人女優サマル・エスリャーモバとダブル主演を務めたカザフスタン合作映画である。昨年、開催された第20回東京フィルメックスでコンペティション部門審査委員として来日したサマル(映画より若々しい!)は、森山未來を激賞していた。全編カザフ語であり、馬を易々と乗りこなし、スタッフとのコミュニケーションも全く問題なかったという。
カザフスタンの広大な草原、荒ぶる大地に自然と溶け込んだ森山未來の佇まいは驚異だ。森山を知らない外国人が観たら、おそらく素人と思うのではないか。それほどに森山の演技は俳優特有の”クサみ”が抜かれ、在りのままの自然体なのである。映画では森山演じるカイラートが、どこの何者かという特段の説明はない。森山の持つ”無国籍性”が見事に作用しているのだ。
父不在の中で母を支え、家事を切り盛りする少年オルジャスの姿が愛しい。発電機を作動したり湯を沸かしたり…。甲斐甲斐しくまだ幼い妹の世話も怠りない。
唯一の男手となったオルジャスの前に現れた寡黙な男カイラート。乗馬や仕事を教え、閉じていたオルジャスの世界を開放する。
米の名作『シェーン』を想起させる本作は、全編カザフスタンロケ。詩情豊かに描いた日本の竹葉リサ、エルラン・ヌルムハンベトフ(カザフスタン側)両監督の手腕は必見に値するだろう。(幸)
第32回東京国際映画祭で2019年10月30日にプレミア上映された折の竹葉リサ監督とエルラン・ヌルムハンベトフ監督のQ&A報告をこちらに掲載しています。
その中で、とくに面白いと思ったのが、竹葉リサ監督の下記の発言。
「日本人とカザフ人はアルタイ山脈から来た共通の民族と言われ、カザフのジョークにも近い話で、バイカル湖まで下りてきて、魚を求めて東に行ったのが日本人になって、肉を求めて南に行ったのがカザフ人になったという説があります。中国人は蒙古斑がないのに、カザフ人と日本人にはあります」
風貌も、こんな日本人いるという位よく似ている人がいるので、森山未來さんがカザフ人を演じても、ほんとに違和感がありません。比較的寡黙な役とはいえ、カザフ語の台詞をすべて自身でこなしているのも見事! (咲)
こちらは、母親役を務めたサマル・イェスリャーモワさんと、プロデューサーの一人である市山尚三さん。第20回東京フィルメックスの特別企画として、2019年11月27日に開かれたトークイベント「昨年度最優秀作品『アイカ』主演女優、サマル・イェスリャーモワに聞く。」の折に。(撮影:景山咲子)
2019年/日本・カザフスタン/カザフ語・ロシア語/81分/カラー/DCP/Dolby SRD(5.1ch)/シネスコ
配給:エイベックス・ピクチャーズ
配給協力:プレイタイム
カラー/DCP / Dolby SRD(5.1ch)/シネマスコープ/81分
©『オルジャスの白い馬』製作委員会
公式サイト:http://orjas.net/
★2020年1月18日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次公開★