劇場公開日 2019年8月10日
上映情報 http://www.bitters.co.jp/carminestreetguitars/theater.html
監督・製作:ロン・マン
(『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』)
扇動者:ジム・ジャームッシュ
編集:ロバート・ケネディ
出演:リック・ケリー、シンディ・ヒュレッジ、ドロシー・ケリー
ジム・ジャームッシュ(スクワール)、ネルス・クライン(ウィルコ)、カーク・ダグラス(ザ・ルーツ)、ビル・フリゼール、マーク・リーボウ、チャーリー・セクストン(ボブ・ディラン・バンド)他
音楽:ザ・セイディーズ
伝説のギタリストたちを虜にする職人は、建物のヴィンテージ廃材から、世界でひとつのギターを生み出す
ニューヨーク、グリニッジ・ヴィレッジに位置するギターショップ「カーマイン・ストリート・ギター」を追ったドキュメンタリー作品。
この店ではギター職人のリック・ケリーが、長年愛されてきた街のシンボル、チェルシー・ホテル、ニューヨーク最古のバー・マクソリーズなど、ニューヨークの古い建築物の廃材を使いギターを製作している。世界中のギタリストを魅了する、この店製作のギター。それはニューヨークの建物の廃材から作られている!
古い木材のほうがギターの響きがいいということを発見したリックは、廃材があると聞くと引き取りに行き、ギターとして復活させる。こうして、長年愛されてきた街の歴史がギターの中に生き続ける。何年も前に映画監督ジム・ジャームッシュが、改築中だった自宅の屋根裏の木材をこの店に持ってきて、ギター作りを依頼。そのギターが素晴らしい音を奏でたので、それからリックがニューヨークの古い建物の木材を使うようになったという逸話が語られる。
工事の知らせを聞きつけると、現場へ行きヴィンテージ廃材を持ち帰るリック傷も染みもそのままにギターへ形を変える。そんな店の1週間を追った、極上の愛に満ちたドキュメンタリー。
ルー・リード、ボブ・ディラン、パティ・スミスら、フォーク、ロック界の大御所がリックのギターを愛用。劇中でも、次々と有名なギタリストが来店し、リックが作ったギターを手に、幸せそうに演奏する姿が随所にに収められている。
この店は、ほかに見習いのシンディ、リックの母親が働いている。
リック・ケリーは、ニューヨーク州南東部・ロングアイランド育ち。幼い頃から木材職人の祖父の仕事をそばで見ていた影響から木材に興味をもち、ギター職人の道へ。1970年代後半にグリニッジ・ヴィレッジに店を出し、そして90年に、現在のカーマイン・ストリートに店を。パソコンも携帯も持たない昔気質のギター職人。
それに対してパンキッシュな装いの見習いシンディ・ヒュレッジは、カーマイン・ストリートギターで働いて5年。大工だった父親の影響で物作りに興味を抱き、父親が趣味にしていたギターも彼女には身近なものだった。アートスクールに通ってからこの店に入ったことから細かい作業が得意で、ウッドバーニングやペイティングを施したギター、ストラップも作っている。
そしてリックの母親ドロシー・ケリーの主な仕事は、店番・電話番・店のはたき掃除。ドロシーが壁に飾っている写真の額の曲がりを直すのだけど、直しても直しても斜めになってしまうシーンが面白いのだけど、その写真の方はロバート・クワインという有名なロック・ギタリスト。
監督は、カナダとアメリカのポップカルチャーを題材にしたドキュメンタリーを多く手掛ける他、『ロバート・アルトマン ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』(2014)を製作したロン・マン。この作品は、2018年・第31回東京国際映画祭「ワールド・フォーカス」部門でも上映された。ロン・マン監督は「この映画ができたのはジム・ジャームッシュのおかげです。彼は私にギター職人のリック・ケリーと彼の店「カーマイン・ストリート・ギター」を紹介してくれた人物です。何年も前に、ジムはリックに改築中だった自宅の屋根裏の木材を持っていき、ギター作りを依頼しました。それが、リックがニューヨークの建物の再生木材を使うきっかけ。私は、音のいいかっこいいギターだけではなく、独特な空気が漂うユニークなこの店と、リックの禅のような哲学に魅了されました。そして、そのすべてが静かに消え去ってしまう前に、カメラに収めておかなければならないと感じるに至ったのです」と語っている。
約50年前の1969年、高校2年生だった私はフォークソングのグループをやっていた。その頃、ギターがどうしてもほしくて、初めてバイトをしてギターを手に入れた。この作品に出てくるようなギターではなく、中に空洞のあるガットギター。そういうわけでギターに思い入れがあり、そのギターを弾かなくなって久しいけど、ずっと持ってはいる。でも50年も前のギターだからもう楽器としては使えないかもと思っていた。でも、この作品で古い木材のほうが音の響きがいいと出てきて、ちょっと期待している私です(暁)。
建材の時の傷が味となって甦るオンリーワンのギター。次々と訪れる音楽のプロたちが愛おしむように試し弾きする。コンサートでは見られない素の姿は宝物を手にした子どものよう。リックと弟子のシンディは一見、共通点などなさそうだが、互いにリスペクトしているのが伝わってくる。店番をするリック母の何気ない行動が微笑ましい。
音楽に疎い私は店を訪れたギタリストの中で知っていたのは、ジム・ジャームッシュだけ。それもギタリストとしてではなく、映画監督として知っていたのだから、猫に小判と言われてしまいそう。しかし、物づくりのドキュメンタリー作品と思って見ていたら、最後までワクワク。音楽に疎くても、すっかり引き込まれた。
作品の終わり近くに、ギターにしか見えないケーキが登場する。本物のギターのようにネックの部分がテーブルから浮いていたように見えたのだが、ケーキでそれができるのだろうか。作品を見終わっても、そのことが気になった仕方がない。(堀)
公式HP http://www.bitters.co.jp/carminestreetguitars/
2018 年/カナダ/80 分
配給:ビターズ・エンド
2019年08月04日
シークレット・スーパースター 原題:Secret Superstar
監督・脚本:アドヴェイト・チャンダン
出演:ザイラー・ワシーム(『ダンガル きっと、つよくなる』)、メヘル・ヴィジュ(『バジュランギおじさんと、小さな迷子』)/アーミル・カーン(『PK』『きっと、うまくいく』『ダンガル きっと、つよくなる』)ほか
インド、グジャラート州ヴァドーダラー。
保守的なムスリムの家庭で育った14歳のインスィア(ザーイラー・ワースィム)は、歌が大好きな女の子。ギターで弾き語りしながら、いつか世界に自分の歌を届けたい願っている。そんなインスィアに母のナジマー(メーヘル・ヴィジュ)は、金のアクセサリーを売ってパソコンを買ってあげて、YouTubeで流せばという。サウジアラビアに出張中のパパに見られたら怒られるとすくむインスィア。「ブルカを被れば大丈夫!」と母に励まされて「シークレット・スーパースター」の名前で投稿すると、たちまち評判に。有名人からもコメントが寄せられ、新聞にも写真入りで紹介される。
断食月になって、サウジアラビアに出張していたエンジニアの父ファルーク(ラージ・アルジュン)が帰ってくる。30点という試験の結果を見て、ギターの弦を切ってしまう父。パソコンも捨ててしまえといわれる。
そんな中、動画を見て有名な音楽プロデューサー、シャクティ・クマール(アーミル・カーン)からインスィアの歌をレコーディングしたいと連絡が届く・・・
(C)AAMIR KHAN PRODUCTIONS PRIVATE LIMITED 2017
アドヴェイト・チャンダンの初監督作品。俳優、脚本、助監督など様々な仕事をしてきたが、アーミル・カーンの元マネージャーでもあり、アーミルが全面バックアップ。出演も快諾して、有能な音楽監督だけど、同時に3人と不倫して、奥さんから離婚を突きつけられているという、ちゃらい男を実に楽しそうに演じている。おそらくアーミルとは間逆のキャラ。
そして、アドヴェイト・チャンダン監督が、「母と母性に捧げる」と掲げているように、本作は保守的なインド社会の中で虐げられながらも闘う女性たちの物語。
インスィアは、友達の男の子チンタンの助けを借りて、学校を抜け出してムンバイのシャクティのスタジオに飛行機で往復。なんとか夢を叶えたいと頑張る一方、権威主義的な父から母を救いたいと、シャクティの奥さんに離婚調停で実績にある有能な弁護士を紹介してもらう。実に痛快。
少女インスィアを演じたザイラー・ワシームは、アーミルの娘役を演じた『ダンガル きっと、つよくなる』がデビュー作。
娘の夢を叶えてあげようと、自分が盾となる母親を演じているのは、『バジュランギおじさんと、小さな迷子』でも少女の母親役のメヘル・ヴィジュ。
そして、本作がムスリムの家庭を描いていることにも注目したい。顔を隠してYouTubeに投稿する時、イスラームの女性が髪の毛や身体を隠すヒジャーブの習慣を利用するための設定だけど、インドの映画でムスリムが主役になることはなかなかないので貴重。
ヒンドゥー至上主義のモディ首相の政権下であることを考えると、さらに興味深い。
グジャラート州のムスリムの状況がどんなものなのか知らないが、父親が「明日呼ばれている結婚式は進歩的な家だからブルカは被るな」と母親に命令する場面があって、ムスリムにも様々な考えがあることを思わせてくれる。
なお、最初に出て来るタイトルも、ヒンディー語とアラビア文字のウルドゥ―語が併記されている。ウルドゥー語は、ムガル王朝の時代、イスラームに改宗した人たちが、ヒンディー語をアラビア文字で書き、語彙にもアラビア語やペルシア語起源のものを取り入れた言葉。ヒンディー語とウルドゥー語は見た目は全く違うが、文法体系は同じ。
それにしても、グジャラート州のムスリムがウルドゥ―語を話しているのかどうか知りたいところ。 (咲)
歌手を夢見る主人公は顔を隠して動画サイトに歌をアップ。一躍、有名になるが、DVな父親は音楽や自由を認めない。良かれと思って手筈を整えた両親の離婚も母から否定される。いろいろと助けてくれる友人にイライラをぶつけ、母が父に隠れてこっそり買ってくれたパソコンを投げ捨ててしまう。不自由な境遇とはいえ、不満の吐き出し方が父親に似ているのはあえてか。演じていたのは『ダンガル きっと、強くなる』で映画デビューしたザイラー・ワシーム。そういえば、あの時は父親にレスリングを無理強いされていたっけ。主人公を助ける友人の彼女への恋心は一目瞭然。それを必死に隠して、彼女の歌手デビューのために奔走する。その純な思いはいじらしく、応援したくなった。
アーミル・カーンは動画サイトから少女を見つけたプロデューサー役。彼女の自由に一役買う。いい役どころのはずだが、俺様感たっぷりの女ったらし。こんな設定は初めてでは? ピタピタの衣装が妙にハマってた。インドの良心と言われる彼とは正反対だが、実はこれが本当の姿ではと思ってしまうくらい楽しそうに演じていた。(堀)
2017年/インド/ヒンディー語/シネマスコープ/5.1ch/150分/映倫G
配給:フィルムランド、カラーバード
公式サイト:http://secret-superstar.com/
★2019年8月9日(金)8月9日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー